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2021/6/30 6:00

子どもが道で転んだら道路のせい?「日本の育児」はベトナムを変えるか?

ベトナムでは、祖父母などの高齢者が子どもの面倒を見ている風景をよく目にします。微笑ましい光景ですが、その背景にはベトナムの女性就業率の高さがあります。そんなベトナムでは最近、日本の育児に注目が集まっていますが、一体なぜでしょうか? 同国の育児・子育て事情と併せて見てみましょう。

 

女性は働き、男性は怠ける

↑“おばあちゃん子”が多いベトナム

 

ベトナムの非政府・非営利組織である開発統合センターによると、全ベトナム人口の中で女性の労働参加率は、世界平均値の42%と比べて遥かに高い72%となっています。また、ベトナム全労働者の中で女性が占める割合は48%とされており、男性と女性の割合はほとんど変わりませんが、その中には幼い子どもを遠い田舎に残し、親だけ都会に出稼ぎに行ったり、日本などの海外で働いたりする人もいます。

 

ベトナムでは「男性は働き、女性は家事労働をする」という伝統的な家族生活が、1986年に始まった「ドイモイ政策」によって根本的に変わることになりました。自由市場の仕組みなどを取り入れたことで、以降のベトナムでは女性も働きに出る傾向が高くなりました。

 

しかし、女性が働くには子育てというハードルがあり、この問題の解決策が祖父母になっています。田園調布学園大学の柴原君江教授の調査によれば、子育てしながら働くための必要な条件についてベトナム在住の男女にアンケートを行った結果、「祖母の子育て協力」との回答が81.3%にのぼりました。

 

最近のベトナムでは、女子を厳しく育てることで自立を促す一方、男子は比較的甘やかして育てる風潮があります。その結果、女性の多くは働きに出ますが、一般的に男性は怠け者になった様子。国際労働機関(ILO)のレポートによると、家事に女性が週平均20.2時間を費やしているのに対し、男性は10.7時間にとどまっているとのこと。さらに、男性の2割はまったく家事をしていないことも明らかになりました。女性の労働率が高いからといって、男女平等ということではありません。

 

ベトナム人に大切なものは何かと聞くと、異口同音に「家族」と答えます。なけなしの給料から毎月親のために仕送りする若い人たちも少なくありません。親や家族を大切にするという儒教の教えがあるからで、親を敬うよう小さなころから教えられています。

 

ベトナムが家族を大切にするもう1つの理由に、ベトナム戦争の影響があります。日本人にとって戦後が1945年以降を指すのとは違い、ベトナム人にとっての戦後は1975年以後であり、この戦争を経験した多くの人は現在も生きています。戦時中の混乱の中でベトナム人は他人を信頼できず、信じられるのは自分の家族や親族だけだったため、この価値観がいまでも続いているのです。

 

このような背景があるベトナムは、子育てや育児の考え方において日本人と大きく異なる部分があります。

 

その一つは、ベトナム人の家庭では、子どもが失敗や問題の責任を自分以外の人や物に転嫁するように教育すること。例えば、多くの親(もしくは祖父母)は自分の子どもが道で転ぶと「道路」を責めます。子どもの心を傷つけたくないと思う親心のからですが、そのためベトナム人は大人になってからも謝らず、何か問題が起きると他人や周りのせいにする傾向があります。

 

また、食事についてはマナーよりも全部食べることのほうが重要で、マナーを厳しく教えることによって子どもが食べなくなることを心配しています。まだベトナム戦争の記憶が新しい世代にとって「痩せた子は貧しい」というイメージが強く、「太った子は元気だ」と思っているからです。

 

学習面でも、ベトナムの親や学校の教師は子どもの想像力を培わせるよりも、手っ取り早く正解を暗記するように教育するのが特徴。例えば、絵を描く際、ベトナムの子供たちはお手本の絵を真似して、そのまま描くように教えられるのです。

 

日本に追いつけ

↑日本式子育てのおかげで将来有望?

 

このような特徴を持つベトナムですが、最近では日本の子育て方法に注目が集まっています。例えば、井深大(ソニー創業者)著『幼稚園では遅すぎる』や木村久一(教育学者)著『早教育と天才』といった本とか、教育研究家の七田眞氏が7歳未満の子どもの知性と才能の育成方法についてまとめた本のベトナム語版が、同国の中流階級以上の人々に読まれるようになりました。

 

日本人の専門家や著名人の本が人気を集めている要因の一つには、観光があります。日本は経済的に成功している国というイメージが以前からありましたが、近年では仕事や観光で日本を訪れるベトナム人の数が増加傾向にあります。日本政府観光局の訪日ベトナム人観光客数の推移を見ると、2014年は約12万4000人でしたが、19年には約49万5000人に増えました。2020年以降は新型コロナウイルスの影響のため、その数は大幅に減少していますが、日本を観光したベトナム人は、日本人のマナーやしつけを目の当たりにし、感銘を受けることが多いようです。

 

例えば、日本では多くのクルマが運転マナーを守っています。お店では、客はレジの前できちんと並び、他の人を抜かしません。災害時でも日本人は冷静に対応することが世界的に知られています。このような日本人の行動や慣習を日本で体験することが、ベトナム人の日本式子育てや教育に対する関心を高めているようです。

 

また逆に、筆者はベトナム在住の日本人ですが、このような現象を目の当たりにすると、異論はあるかもしれませんが、日本人は子どもに社会マナーをしっかり教える文化をまだ持っており、それは国によって当たり前のことでないのだと気付かされます。

 

ベトナムは2030年までに上位中所得国に、2045年までに先進国になるという目標を掲げています。ベトナム人は近代化を果たす前に、アジアの先進国の先輩である日本から子育てを学び、子どもの将来や国の発展に生かしたいと思っているようにも見えますが、近代化は「代償」を伴います。日本人に失われつつある「親や年長者に対する敬意」は、ベトナムでは現在も美徳として根付いていますが、このような伝統的な価値観をベトナムはこの先も守ることができるのでしょうか? それができるとすれば、今度は日本がベトナムから学ぶ番かもしれません。