タツノオトシゴといえば、水族館などで水の中にプカプカと浮いている姿をイメージする人が多いのではないでしょうか? ほとんど前に進まないその泳ぎはとても遅く、泳ぎ下手な魚として知られています。しかし、そんなタツノオトシゴが、目にも止まらぬ速さのスゴ技を持っていることがわかりました。
タツノオトシゴを調査しているイスラエルのテルアビブ大学の研究チームによると、タツノオトシゴは一日のほとんどの時間を、海藻やサンゴの近くで過ごすとのこと。尾を海藻やサンゴに絡みつけて固定させ、頭を下方向に向けた状態にし、自分の頭上を獲物が通ると、それを素早く捕まえるのです。このとき、タツノオトシゴは頭を素早く起こしますが、その動作は、動きの遅いタツノオトシゴのものとは考えられないほど、目にも止まらぬ速さなのです。
そこで、先行研究では詳しく解明されてこなかった、タツノオトシゴがどのように獲物を捕まえて食べているのかを、同研究チームは詳しく調べることにしました。
研究チームが使ったのは、1秒間に4000コマを撮影できるハイスピードカメラと、水の流れをレーザーで画像化するシステムです。これらを使い、タツノオトシゴが獲物を捕まえる様子を撮影し、その動きを定量的に分析しました。
その結果、タツノオトシゴは捕食するとき、身体がバネのようになることが判明。彼らは背中の筋肉を使って柔らかい腱を伸ばし、首の骨を「引き金」にして頭を動かしていたのです。そのスピードはわずか0.002秒。この一連の動きはクロスボウ(弓の一種)のようだ、と同研究チームは述べています。
しかも、この素早い動きに伴い、強い水の流れが発生していました。同じ大きさの魚に比べると10倍の速さの水流が生じ、それによって獲物がタツノオトシゴの口元に流れ込みやすくなっていることも判明。さらに、頭を動かす速さと水流の強さは、タツノオトシゴの鼻の長さによって決まることもわかりました。次の通りです。
・鼻が短ければ、強い水流は強くなるが、頭を動かす早さは中程度になる。
・鼻が長ければ、水流の強さは中程度になるが、頭を素早く起こせる。
タツノオトシゴは種類によって鼻の長さが異なりますが、進化の過程で、よく捕まえる獲物の大きさや特徴に合わせて鼻の長さが変化していったのではないかと考えられます。
普段はのんびり海の中で過ごしているように見えるタツノオトシゴですが、いざとなれば弓のように俊敏に身体を動かしていることがわかりました。能ある鷹は爪を隠すとは、このことでしょう。
【出典】Corrine Avidan, Roi Holzman; Elastic energy storage in seahorses leads to a unique suction flow dynamics compared with other actinopterygians. J Exp Biol 1 September 2021; 224 (17): jeb236430. doi: https://doi.org/10.1242/jeb.236430