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2023/3/9 6:30

ばからしいからこそやれ! 防犯の常識を覆した実業家が語る、イノベーションの5つの秘訣

2023年2月、ものづくりに携わるプロたちが一堂に会するイベント「3DEXPERIENCE World 2023」が開催されました。そこで、一際大きな注目を集めたのが世界で活躍するイノベーターたちの講演。その中から今回は、世界初のwifi録画カメラ付きドアベルを開発し、ホームセキュリティのあり方を大きく変えたRing社のCEO、ジェイミー・シミノフ氏の講演を紹介します。現在そして未来のイノベーターたちに伝えたい、5つの成功の秘訣とは?

↑スピーチするRing社のジェイミー・シミノフCEO(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

1: 他人に笑われることはイノベーターあるある

シミノフ氏が発明した録画カメラ付きドアベル誕生のきっかけは、自宅のガレージでした。

 

「我が家のガレージは裏手にあるため、来客があっても玄関のチャイムが聞こえません。いつも持ち歩いているスマートフォンで対応できたら便利だな、と思ったのがきっかけでした。そこで、自分で少々金属加工をしてカメラ付きのドアベルを開発したのです。妻にも好評でした」とシミノフ氏は語ります。

 

もともと家族のために作った発明品でしたが、そこから広がって2018年にはホームセキュリティ会社Ringを設立し、同年アマゾン社と提携。新進気鋭の起業家を紹介するテレビ番組Shark Tankでも紹介され、2023年にはスーパーボウルのCM進出も果たしました。しかし当初、周りの人は自分の研究にあきれた様子だったと言います。

 

「何かを真剣に開発している様子というのは、とてもばかげて見えるものです。他人に笑われるのは、イノベーターあるあるでしょう。僕も『君はドアベルなんて作っているのか?』と笑われたものです。当時ドアベルといえば、誰も気に留めない古ぼけた家の付属品でしたからね」(シミノフ氏)

 

2: 「誰もが知っている物を改良する」は成功率が高い

シミノフ氏は自分が成功した要因をどう分析しているのでしょうか?

 

「誰も気に留めないけれど、誰もが知っている物」を対象に選んだことが、成功した一因だとシミノフ氏は言います。「長く存在しているけれど注目されてこなかった物にイノベーションの光を充てるアプローチは、そうじゃないケースに比べて成功しやすいのです」

 

「台湾へ出張に行った際、多くの家で防犯用のスポットライトを設置していることに気づきました。そこで、ライトにカメラを追加したら防犯機能が格段にアップするだろうと思いついたのです。製造業者にデザインイメージがうまく伝わらず台湾に3~4回足を運ぶはめになりましたが、いまでは我が社の売れ筋商品です」と言うシミノフ氏。

 

「成功の秘訣は、『すでに世間に周知されている物・サービス』と『ばかげて見える発明』を掛け合わせること。僕は、誰でも知っているドアベルにテクノロジーをプラスしたことで大きな革命を起こすことができました」

↑「世間に周知されている物」と「ばかげた発明」を掛け合わせ生まれたRing(写真の製品は「Floodlight cam」。画像提供/ダッソー・システムズ)

 

3: ミッションを常に意識する

イノベーションを生み出すためには、発想法だけでは十分ではありません。

 

「イノベーターとして、自分のミッションはいつ何時でも忘れてはいけません。これは自分がRing開発に際して学んだことです。僕は自社製品が素晴らしいという自負がありますが、大事なのは商品じゃないのです。どんな世界を目指しているのか、というビジョンです」とシミノフ氏は熱を込めて話します。

 

「僕のミッションは、自宅近隣の犯罪率を下げることでした。単にカメラ付きドアベルを売りたかったのではなく、人々にとって意味のあるサービスを提供したかったのです。

 

大企業の役員たちを前に、プレゼンテーションを行った時のことです。僕は商品の性能は一切説明せず、この商品でどんな世界が実現するかを訴えました。『近隣の犯罪を減らし、ホームセキュリティの意義を変えられる』と。その結果、プレゼンが終わらないうちに『こんなプレゼンは初めてだ。君たちに投資しよう』と言ってもらえたのです。

 

我々の周りには常にあらゆる雑音があり、誘惑があります。売れるラインナップを増やすのは簡単ですが、それが本当に正しい判断なのか、いつも自身に問うべきです。売れる商品ではなく、消費者の生活クオリティを向上させるサービス・商品を提供する。そのミッションを貫くことで、長く愛されるブランドへと成長できるのだと思います」(シミノフ氏)

 

4: 高い目標と適度なストレス

情熱がほとばしるシミノフ氏ですが、ビジョンの描き方にはコツがあるようです。「僕が思うに、多くのイノベーターは目標が低過ぎます。絶対に達成できる目標なんて、つまらないでしょう。『不可能に見えるけど、必死にがんばれば何とか実現するかもしれない』くらいがちょうど良い。そうやって自分に負荷をかけて駆り立てることで、イノベーションへの道が開けるのです。

 

おいしいワインは、適度なストレスにさらされたブドウからできることをご存じでしょうか。水も肥料もたっぷり与えられ甘やかされると、ブドウは水っぽく味も薄くなります。もちろん枯れてしまうほど過度のストレスはいけませんが、適切なストレスをかけることで素晴らしい逸品ができるのです。

 

イノベーションやビジネスも同じことです。正しい方向に適切なストレスをかけることが、最高のイノベーションに繋がります」とシミノフ氏は力説します。

 

5: 顧客の声に全身全霊で向き合う

「商品開発にあたり、広く意見を聞くアンケートはおすすめしません。問題の核心がどこにあるのかがわかりにくく、方向性がぶれて収拾がつかなくなります。それよりも、実際に商品を使っている顧客の声にとことん向き合うべきだと思います。

 

Ringのパッケージには、僕のEメールアドレスが記載されています。顧客が何を求めているのか、真実の声を直接聞きたいからです。

 

例えば、今週(講演当時)販売開始となる車載カメラは、僕の発明ではなく、顧客の声から生まれた商品です。僕は車載カメラを商品化する予定は全くなかったのですが、『自宅の前で車上荒らしにあった』『近所で車の犯罪が多発している』といった意見に向き合う中で商品化に至りました。顧客の声は、商品開発において何よりも参考になる指標です」

↑情熱的なシミノフ氏の話に会場は盛り上がった(画像提供/ダッソー・システムズ)

 

近年のAIの台頭に、仕事を奪われるかもしれないと危機感を持つ人もいるでしょう。確かにAIはあらゆる業界において大きなインパクトを与え、イノベーションのスピードアップに貢献しています。しかし、シミノフ氏は以下のように力強く断言します。

 

「AIには、未来を形づくっていく力はありません。未来を変えるようなイノベーションを行えるのは、人間の、イノベーターの仕事なのです。僕たちが未来を創るのです。僕たちは、一緒に学び続けている仲間です。今日出会ったイノベーターから、プラットフォームから、たくさんのことを学んでほしい。同時に、あなたが世界の中心であること、あなたはユニークで素晴らしいことを絶対に忘れないでほしい。数年後、今度はあなたがこの舞台に立ち、どんなイノベーションで世界を変えたのかぜひ聞かせてください。それが私の願いです」

 

執筆者 / 長谷川サツキ