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2023/4/3 6:30

2021年創業のランドセルメーカーが半年でSDGsなランドセルを完成できたワケ

4月になると、ピカピカの大きなランドセルを背負って登校する小学生の姿が見られます。ランドセルといえば、昔は黒か赤の革製が主流でしたが、最近はカラーバリエーションが豊富で素材もさまざま。そんな中で注目されているのが、起業したばかりの合同会社RANAOS(ラナオス)が2021年から展開している布製のランドセル「NuLAND®(ニューランド)」です。実はこのランドセル、子どもへの愛情あふれるママたちの想いから生まれました。

 

小学1年生だった息子の様子を見て奮起

RANAOS代表の岡本直子さんには、現在小学の息子がいます。彼が小学1年生だった時の、ある出来事がNuLAND®誕生のきっかけだったそうです。

 

「2020年は新型コロナの影響で、本格的に登校し始めたのは夏でした。当時小学1年生だった息子は、猛暑の中、重いランドセルを背負って帰宅すると、顔を真っ赤にしてもう汗だく。またある時は、大雨なのに傘を差さずに全身ずぶ濡れになって帰宅。ランドセルに入りきらない荷物で両手がふさがっていて傘が持てなかったのです。腑に落ちないでいたところ、近所に住む帰国子女のお子さんがリュックで登校しているのを見かけて。“なんだ、別にランドセルでなくてもいいんだ”と固定観念が覆る思いでした。

 

そこで“ランドセルの機能を踏襲したリュック”を探したのですが、サイズや形、デザイン、機能性など、すべてにおいてしっくりくるモノが見つかりません。同じ思いをしているママたちもいるはずだから、それなら自分で作ろうと思ったのです」

 

↑「NuLAND®」誕生のきっかけ/NuLAND®のHPより by ぴよよとなつき

 

理想的なランドセルを作るためにわずか半年で起業

岡本さんは新卒で広告代理店に入社後、地方や海外のテレビ局勤務(両社とも勤務地は東京)を経て、『mamatas(ママタス)』という育児を応援するママ向け動画マガジンの事業部代表を務めていました。ランドセル製作を考えた際は、まずは現状を把握するために、延べ8000人以上の保護者や小学生から、ランドセルについてヒアリングをしたそうです。

↑合同会社RANAOS代表の岡本直子さん

「『mamatas』を活用して計3回の緊急アンケートを行ったところ、“小学生のランドセルが重すぎる”と答えた方は8割以上。調査を進めていくと、“軽さ”“大容量”“中身の出しやすさ”“丈夫さ”など、多くのキーワードが見えてきました。理想とするランドセルの姿が見えてきて、それを形にすれば、多くの保護者と子どもが望む新しいランドセルが生まれるのに違いないと実感したのです」

 

2020年8月~10月ぐらいでリサーチとコンセプト固めを行い、素材探しなどを同時進行、秋には試作品製作に着手しました。翌2021年1月に『mamatas』を辞めてRANAOSを設立し、3月には早くもNuLAND®の第1号を完成させたといいます。その間、わずか半年というスピードに驚かされますが、「外資系企業にいたせいか、私にとっては特別ではありません」と岡本さんは笑顔で答えます。

 

「NuLAND®には保護者と子どもたちの多くの意見が反映されています。例えば、大きな特徴であるフルオープン機能。これは、ある保護者からの『今のランドセルの形状だと、中がブラックホールすぎる。奥から何が出てくるかわからない(笑)』というユニークな意見から生まれた機能です。

 

しかし当初の設計では、フルオープンになるものの、従来のランドセルのように上部だけを開けてモノを出し入れすることができませんでした。それに対して子どもたちの意見を聞くと、『チャイムが鳴ったら教科書をすぐにしまって少しでも早く教室を出たい。急いでいる時はチャックを開けなくても、モノが取り出せた方がいい』と。そこで両方の意見を取り入れて作ったのが現在の形です。

 

また、曜日によって荷物の量が違うことから、拡張機能を付けたり、重い荷物が背中側に固定されるようにブックバンドを採用するなど、随所に保護者と子どもたちの意見を取り入れています。何よりも私自身が当事者なので共感できる意見も多くありました」

↑簡単にフルオープンになる
↑荷物の量に合わせてマチを広げられる

 

環境問題について親子で話すきっかけに

固定観念にとらわれない自由な発想で生まれたNuLAND®には、「環境」「軽さ」「機能性とデザイン」の3つのポイントがあるそうです。

 

「子どもたちの未来のために、環境に配慮した素材を採用することは最初から決めていました。生地を探していたところ、伊藤忠商事が展開する『RENU®(レニュー)』という循環型リサイクルポリエステル生地を知り、お話を聞いてコンセプトに共感。一般的なリサイクルポリエステルがペットボトルを原料にしているのに対して、RENU®は古着や工場での残反など、100%繊維廃棄物が材料なのです。このRENU®との出会いが、具体的な製品化に動き出すきっかけにもなりました」

 

NuLAND®では、素材の約36.5%にRENU®を使用しています。残りはファスナーや留め具、かぶせ芯、肩パット芯ほかの部材。環境にどのくらい配慮しているかというと、例えば、NuLAND®を100万個製作した場合、150万枚の廃棄Tシャツを使用します。自動車走行距離に換算すると地球20周分のCO2の削減となり、500ミリリットルのペットボトル72万本の水を削減できるそうです。しかし岡本さんの環境へのこだわりは、それだけではありません。

 

「SDGsを保護者の目線でとらえた時、結局、子どもたちの未来に関わることなので、何ができるかといえば子どもに伝えることだと思います。日本と比べて、欧米の子どもたちはすごく小さい頃から環境課題について両親から話を聞いています。そういうのが大切な教育だと思っていて、“NuLAND®がどんな生地を使用し、それは君たちの未来を思ってのことなんだよ”という部分、未来につながる製品であることを両親から子どもへ伝えてほしいのです。

 

環境や社会にどう影響するかも大事ですが、ある意味、製品作りにおいて環境に配慮するのは当たり前の時代。それよりも、ランドセルを選ぶ時に親子で環境について話をしたり、意識をするきっかけになってくれたらいいなと思います」

 

子どもの視点で軽さと機能性、デザインを追求

環境にこだわったのは子どもたちの未来のため。軽さを追求したのは、子どもたちの身体のため。機能性を追求したのも子どもたちの使い勝手を考えて、すべてが子ども主体です。

 

「ポイント2つ目の“軽さ”ですが、ランドセルが重たすぎると答えた方は8割以上でした。中には、3日で背負うのを嫌がった子どもの事例も。一般的なランドセルの重量は、人工皮革1210g、牛革1500g、コードバン(馬のお尻部分の革)1450g。それに対してNuLAND®は約930g(フラップなしで約700g)です。実際に使った子どもたちに話を聞くと“軽い”“締め付ける感じがない”と喜んでくれました」

↑一般的なランドセルとNuLAND®の重さの比較

 

そして3つ目のポイントが「機能性とデザイン」。機能性については、タブレット専用ポケット、鍵や交通パスケースを付けられる隠しリング、成長に合わせて対応できる調整テープ、体操服や水筒、リコーダーまで入る容量の大きさなど、挙げたらキリがありません。現役小学生ママたちの願いを取り入れた結果なのです。

↑2023年に東京・代官山に完全予約制のショールームもオープン

 

一方、デザインディレクションについては、広告、アート、絵本など様々な分野で活躍中のアートディレクター、えぐちりかさんが担当しています。

 

「最初はキービジュアルのご相談だけのつもりでしたが、えぐちさんも3人のお子さんのママであったこと、お話をしたら子どもの目線で活動している面を感じ取ることができたので、デザインディレクションから世界観の構築、ネーミング、ロゴ制作まで、すべてをお願いしました。話を進める中で、当初は少し攻めたデザインも考えたのですが、ランドセルへの憧れは日本の文化として根付いているので、そこは大事にしたいと。両親やおじいちゃん、おばあちゃん、子どものドキドキ感やワクワク感を大切にするために、伝統的な丸みのあるフォルムにもこだわりました」

↑従来のランドセルのような丸みあるフォルム

 

ユーザーとともに進化し続けたい

2023年の春で3年目を迎えたNuLAND®。新色2色が新たに加わり、全7色12ラインナップを展開しています。攻めの姿勢を感じますが、岡本さんの思いは別のところに。

↑2024年4月入学児童向けの新作は4月8日12:00から予約販売開始(7色、全12ラインナップ。オリーブ・グレープは新色・数量限定販売)https://nuland.jp/

 

「カラーバリエーションを増やしているのは、子どもたちが自分の好きな色を選べるようにするため。そもそも、従来のランドセルを否定する気は一切ありません。革のランドセルにはその良さがありますし、比較対象とするのではなく、あくまで選択肢が増えただけ。保護者の方の価値観や、子どもたちの素直な気持ちで選んでいただければと思っています。そして、子どもたちにとって小学校は、これから進んでいく社会への最初の入り口。NuLAND®を通して、“固定観念に縛られないで”“選択肢は1つではないよ”“多様性を認め合おうね”というメッセージが伝われば嬉しいです」

 

まだ3シーズン目ということもあり、耐久性などのデータ量が少ないのが課題と話す岡本さん。ですが、その間もユーザーの声を反映させ、少しずつ改良を続けているそうです。 “その時のベストな製品”を提供しながら、柔軟かつスピーディーに進化している同社。その取り組みには、子どもと未来へのさまざまな想いが詰まってるのです。