ギャランティーク和恵の歌謡案内「TOKYO夜ふかし気分」第8夜
みなさんこんばんは。ギャランティーク和恵です。年が明けてからもう1か月経ちましたが、いかがお過ごしですか? ワタシは、お正月に飾った鏡餅をどう料理しようか迷い続けて1か月、まだプラスチックのケースから出されることなく台所の隅に置いてあります。このめでたい餅が目に入るせいでなかなか正月気分から抜け出せません……。餅を食べたい気分なんてそうないのでこの状況が長引きそうですが、早く食べないと神様とか怒っちゃうんでしょうか? 捨てるほうがバチが当たりそうですし、無理して食べるしかないんですかね。こういう縁起物って、難しいですね……。
先日、今年最初のワンマンライブがありました。2月1日に発売される「ANTHOLOGY#4」というミニ・アルバムのリリースライブです。今回のCDは「華やかに気高く振る舞う女たち」がテーマ。恋する時も別れる時も、いつだって女はドラマの中のヒロイン……そんなドリーミーな曲から、独りよがりの激しい妄想に耽り悲劇のヒロインごっこをする、付き合う男もそりゃ引くワ……くらいのクレイジーな曲まで選んでいます。そんなCDの選曲に合わせてライブのほうも、華やかで妖艶でクレイジーな曲をいっぱい選んで歌わせていただきました。
今夜は、そのライブで歌った曲のなかからひとつ、黛ジュンさんの「風の大地の子守り唄」という歌を取り上げたいと思います。この曲は1980年に公開された映画「象物語」の劇中歌として作られ、その映画のなかではちあきなおみさんが歌っていらっしゃるのですが、シングルとしてリリースしたのは黛ジュンさんでした。
【今夜の歌謡曲】
08.「風の大地の子守り唄〜アフリカのテーマ〜」/黛ジュン
(作詞/阿木燿子 作曲/宇崎竜童)
この「風の大地の子守り唄」という歌には、「〜アフリカのテーマ〜」という副題がついています。これ、実はほかにもシリーズがありまして、ひとつ目が久保田早紀さんの「異邦人〜シルクロードのテーマ〜」、ふたつ目がジュディ・オングさんの「魅せられて〜エーゲ海のテーマ〜」、そして3つ目が、この「風の大地の子守り唄〜アフリカのテーマ〜」なのです。このシリーズを手掛けられたのは、歌謡曲において数々のヒットを産み出してこられた名プロデューサー、酒井政利さん。あの郷ひろみさんや山口百恵さんなどのヒット曲の数々を手掛けられた方です。
酒井政利さんは、そんなスーパーアイドルだけでなく、デビューして以来長きに渡りヒットを持たず低迷していた歌手に、酒井さん本人曰く「クリーニング」というマジックにより、アダルト路線への変更とともに新しいイメージを加えて、歌手としての再起を図る仕掛けを沢山されていました。ジュディ・オングさんの「魅せられて」もそのひとつですし、ほかにも金井克子さんの「他人の関係」、坂本スミ子さんの「夜が明けて」、内田あかりさんの「浮世絵の街」、以前にこのコラムでも紹介した藤 圭子さんの「蛍火」や、梓みちよさんの「よろしかったら」などなど。そのなかでも、ジュディ・オングさんの「魅せられて」は、1979年のレコード大賞を獲るまでの大ヒット曲となったのは皆さんもご存知だと思います。
そんな酒井さんによる「クリーニング」と、大ヒットの「異邦人」「魅せられて」に続くシリーズの第3作目という流れ、さらには「次はアフリカブームが来る!」という酒井さんの先見の明(むしろ早すぎとも思える)も加わり、黛ジュンさんもきっとこのチャンスを逃してなるものか、と気合が入っていたのではないでしょうか。しかし、先ほど書いたように、実はこの曲は元々ちあきなおみさんに提供された曲だったらしいのです。ちあきなおみさんが1978年の結婚を機に歌手を休業されて以降の復帰作として酒井さんが計画をしていたようですが、ちあきさんはこのころ、レコードのヒットに縛られるような歌手活動を望んでいなかったらしく、サントラのみの収録となってしまいました。そこで新たにオーディションをした結果、この曲を射止めたのが黛ジュンさんだったのです。黛ジュンさんも1968年に「天使の誘惑」でレコード大賞を受賞して以降やはり大きなヒットはなく、酒井さんの「クリーニング」を施されるにはピッタリの歌手。そんな経緯により、黛ジュンさん歌唱による「風の大地の子守り唄」がシングルでリリースされることとなったわけです。
アフリカの大自然を舞台に象の親子が厳しいサバンナを生き延びてゆくという映画の内容に合わせ、詩の内容は、子どもが大人へと成長する過程に厳しい愛情で接する「母性」が描かれています。それと同時に、暗喩として、年の離れた若い男と熟年の女の「恋愛」も描いています。ここでちあきなおみさんの歌唱と黛ジュンさんの歌唱を聴き比べると、ちあきなおみさんの歌唱には、灼熱のサバンナの風景と包み込むような母性を感じさせ、そして黛ジュンさんの歌唱には、都会の乾いた人間社会と大人の女の色気と諦念を感じさせるのです。この曲の歌手交代劇は予想外の出来事だったのでしょうが、映画の主題歌としてはちあきなおみさんのほうが表現としての完成度があったにせよ、歌謡曲ヒットとしては、黛ジュンさんのほうが適任だったのかもしれません。それももしかすると酒井さんの「ヒット感覚」が見極めた判断なのかな……とワタシなりに想像してみたりします。
とはいっても、この曲は「異邦人」「魅せられて」ほどの大ヒットには至らず、いまではこの曲を知ってる人はあまりいません。それもこれも「時代」と「作り手」と「歌い手」と「運」との巡り合わせとタイミング。しかしながらこの「象物語」という映画、ドキュメンタリー風の退屈な映画だったようで評判はあまりよくなかったそうです。それも「運」のひとつなのかもしれません。残念でしたね、ジュンちゃん……。腕をあげるとスカートの裾がめくれて、ご自慢のおみ足がパヤ〜っと現れるカラクリのような衣装で気合いもバッチリ入ってたのにね……。
ひとつひとつの歌謡曲には、「作り手のひらめき」と「歌い手の賭け」がぶつかり合って生み出されたドラマがあり、けれどもそのほとんどの歌たちはヒットせずに時代とともに埋もれ消えてゆく……。そんな報われなかった歌たちを、ワタシは愛さずにはいられないのです。
<和恵のチェックポイント>
映画「象物語」が公開された1980年リリースのこの曲は、作曲に宇崎竜童さん、作詞に阿木燿子さん、そしてプロデューサーには酒井政利さんという、スーパーヒットメーカー・コンビネーションで作られた作品。しかしこんな最強トリオであっても、「パオーンパオーン」と象が啼いてばかりの映画の退屈さが足を引っ張るとは計算外だったのでしょう。
仔象が親離れをしてたくましく生きてゆくために厳しく接する母親象の叫び「さぁいきなさい!」というセリフを、若い男に愛の手管を手取り足取り教えたけれど、結局その男も自分から離れて若い女に鞍替えされた年増の女の叫びに暗喩する奇才・阿木燿子センセーの詞世界。「Go alone, You are free!!」、ワタシも言ってみたいですね、若い男に。Aメロの蜃気楼のようにゆらめくメロディが灼熱のサバンナを思わせる宇崎竜童さんの作曲センスももちろん素晴らしいです。そして、鼻にかかった黛ジュンさんの声が、ベッドでひと試合終えたあとの甘い声のようなセクシーなムードを醸し出しています。きっとシーツを裸の胸に当てて、部屋から出てゆく男に向かって叫ぶのです。「Go alone! You are free!!!」……そんな妄想が広がる、タイトルとは裏腹の素晴らしきアダルト歌謡です。
【INFORMATION】
ギャランティーク和恵さんが昭和歌謡の名曲をカバーする企画「ANTHOLOGY」の第4集「ANTHOLOGY #4」が、2017年2月1日(水)に配信&CDでリリースされます。それに合わせて、ライブも連動して開催。詳しくはANTHOLOGY特設ページをご覧ください。
「ANTHOLOGY #4」
2017年2月1日(水)発売
配信:600円(税込)日本コロムビアより
CD:1000円(税込)モアモアラヴより
iTunes store、amazon、他インターネットショップにて
<曲目>
01. マイ・ジュエリー・ラブ(作詞:篠塚満由美 作曲:馬飼野康二)
02. 孔雀の羽根(作詞:千家和也 作曲:筒美京平)
03. エレガンス(作詞:橋本 淳 作曲:三枝成章)