鉄道写真を撮りたいけれど、本格的なファンに混じって撮影となるとどうも敷居が高い……と感じている人はいないだろうか。その1つの大きなハードルとなっているのが愛好者同士で交される「撮り鉄言葉」。とてもディープな世界だが、言葉の意味を知ってみると、「は〜、なるほどね!」と思える言葉や笑えるような言葉もある。知って使えば、茶飲み話、酒の場で盛り上がること確実! そんな「撮り鉄言葉」の世界をご紹介しよう。
【まずはクイズ】次の言葉の意味を訳してください「今日は狙いの『カモレ』が『ウヤ』だ」
ある撮り鉄氏が言った「今日は狙い『カモレ』が『ウヤ』だ」という言葉。知らない人が聞けば何だか、ちんぷんかんぷんの言葉が並ぶが、訳せば「今日は狙っている貨物列車が運休だ」ということになる。
ここからは、代表的な撮り鉄言葉をアイウエオ順に挙げていこう。
【ウヤ】運転休止(運休)のこと。もとは国鉄時代の鉄道電報用の略語だった。「この列車は、今日は“ウヤ”かな」というように使う。
【カブる(カブり)】目標とする列車を撮る場合、運悪く前や後ろを列車がすれ違い、遮られることがある。裏側をかぶった場合(裏カブり)は、まだ救われるが、車両の前をカブったら、撮影のために待った時間は無駄に。この喪失感は並みでない。
【カマ】機関車の俗称。蒸気機関車が釡に石炭をくべて走ったことから出てきた言葉で、いまでは機関車全部をカマと呼ぶことが多い。
【カモレ】この言葉も国鉄時代の鉄道電報用語で「貨物列車」の略語。「今日は“カモレ”狙いだ」と親しみを込めて使われることが多い。
三脚を「ゲバ」と呼ぶ理由――学生運動の名残がこんなところに
穏当とはやや言いにくい「撮り鉄言葉」もある。そんな言葉が続くのがカ行の「け」だ。
【激パ】撮影地が激しく混んで、パニック状態になることを指す。最近は、一部の人気列車に撮影者が集まりがちで激パとなりやすい。
【ケツ撃ち】けつおい、バックショットとも言われる。列車の正面を撮る人は多いが、後ろを撮る人は少ない。昨今は寝台列車がほぼ消滅し、後ろが絵になる列車が減ってしまった。
【ゲバ】三脚のこと。学生運動でゲバルト棒(ゲバ棒)を振りかざした時代、ちょうどSLが各地から消え鉄道写真のブームが激化、三脚を“武器”にして撮影場所の取り合いをした。そんな時代の名残で三脚をゲバと呼ぶようになったとされる。 事前に三脚を置いておくことを「置きゲバ」とも言い、こうしたマナー違反が撮り鉄が嫌われる1つの要因になっているとも言えるかもしれない。
甲種、工臨、国鉄色――撮り鉄が熱くなりがちな「こ」絡みの言葉
非常に熱いファンが多いのが「コ」絡みの「撮り鉄言葉」だ。
【甲種(輸送)】正式には「甲種鉄道車両輸送」と言う。新造や改造した車両を工場から発注主までJR貨物の機関車が牽引する特別列車を指す。JRが自社の工場で製造・改造した車両を自前の機関車で運ぶ場合は「配給列車」と呼ぶ。
【工臨】「工事臨時列車」のこと。保守作業用に必要なレールやバラストなどを運ぶ列車で、バラストを輸送する列車を「ホキ工臨」、レールを運ぶ列車を「チキ工臨」と呼ぶ。
【国鉄色(国鉄原色)】国鉄時代に生まれた車両の多くがJR民営化後は色変えされ使われた。一部車両が国鉄時代の塗装のまま、また国鉄色、国鉄原色に再塗装されており、それらの車両は人気も高い。
ファンが萌える「スカ色」「セノハチ」
サ行の言葉には、鉄道の世界では専門的、またファン垂涎の言葉も多い。
【車扱貨物】1両単位による輸送方式のこと。かつて主流な輸送方式だったが、積み降しの手間がかかるため、現在はコンテナ輸送が主流となっている。タンク車を使った石油の輸送などが車扱貨物にあたる。
【スカ色】東海道線を走った湘南色に対して、横須賀線を走る電車はクリーム色と青色の2色で塗られ「横須賀色」と称された。この横須賀色を略して、スカ色と呼ばれた。
【スジ】列車の時刻のこと。元は時刻を表すダイヤグラム(列車運行図表)に書かれた斜めの線を指した。
【セノハチ】山陽本線の瀬野駅〜八本松駅間のことを指す。勾配が急なことからいまでも上り貨物列車のみ、後ろに補助機関車(補機)を連結、後押しして列車の運行を助けている。
「た」は「単機」のた~♪
「た」は撮り鉄が気になるモノや列車の運行形態が揃っている。
【タイガーロープ】複線区間で上り下り線の間にある黒と黄色の支柱とロープのこと。保線作業の安全確保のために付けられているが、一部の過激なファンが抜き去り問題視された。
【単機】後ろに貨車や客車を付けずに機関車が1両のみで走ること。機関車のみが2両で走るときは、重連単機とも呼ばれる。ディーゼルカーや電車が1両で走ることは「単行」と呼ぶ。単機や単行は、写真として形にしにくく、絵づくりに苦労することが多い。
【団臨】団体臨時列車の略称。団体臨時列車では、希少な車両がふだん走らない路線を走ることもあり、注目を浴びやすい。
【鉄っちゃんバー】三脚上の雲台に取り付けるプレートで、最低2台のカメラを装着しシャッターが切れることから重宝して使われる。
よく見かけるアレは「はえたたき」!?
続いてナ行、ハ行にいってみよう。撮り鉄言葉には、長い言い回しをせずに、一部を略した言葉がよく見受けられる。
【ネタガマ】一般的な機関車ではなく、希少な国鉄原色機など、その日に目指す特定の機関車を指すときに使う。例えば「今日のネタガマはEF65の2139号機だね」といった具合だ。
【廃回】廃車回送のこと。解体に向け工場へ自力で回送する姿には寂しさがつきまとう。
【はえたたき】線路脇に立っている電柱のこと。まるで「はえたたき」の形のよう、というのでこう呼ばれる。非電化路線でも、この通信回線用の電柱が立っていることがある。撮影の際には隠れるようなアングルが大切となる。
【歯ヌケ】貨物列車は現在、コンテナを載せたコキ車を連ねた列車が多くなっている。コンテナが一部で積まれず、歯抜け状態になった様子を歯ヌケと呼ぶ。機関車のすぐ後ろのコンテナの歯ヌケ状態は絵になりにくい。
【ひがはす】東北本線の東大宮と蓮田間の有名撮影地のことを指す。東鷲宮〜栗橋間の撮影地「わしくり」とともに、寝台特急が走る頃には多くの撮影者が訪れ賑わいを見せた。
いまや見る機会がほとんどなくなった「マヤ検」
最後にマ行、ラ行を見ていこう。
【前パン】電車や電気機関車の先頭部分のパンタグラフが上がっている状態。事前にその部分に余裕も持って構図を作っておかないと、パンタグラフが切れた状態の写真となりがち。
【マヤ検】マヤとは国鉄時代に生まれた軌道検測用の車両で、いまはJR北海道とJR九州で使われている。このマヤを使った検査のことを言う。全国でわずか2両となり、その検査風景に出会うこと自体、希少となっている。
【レ】「レ」とは“レレレのおじさん”の「レ」ではない。「レ」は列車の「れ」のこと。「今日は23レが遅れているのかなあ」というように使う。列車番号の後ろに「レ」を付け、客車列車では「1レ」「801レ」というように付けて列車名を呼んだ。運転士と司令室間の連絡で「1」だけだと意味がわからないので「1レ(列車)……」と言って判断した名残と言われる。ちなみに電車は列車番号後ろに「M」、気動車は「D」が付く。これらの列車ではレを後ろに付けない。
撮り鉄言葉は、鉄道電報用語があったり、SLが消えていったころの経緯があったりと語源はさまざまだ。今回、取り上げた言葉は、そのごく一部。訳してみると難しい言葉は少ない。代表例を知っていれば、撮り鉄の間で交わされるおよその話は理解できるだろう。恐れず、鉄道写真にチャレンジしていただけたら幸いである。