ラーメン好きなミュージシャンとして知られる、サニーデイ・サービスのベーシスト、田中 貴さん。年間600杯以上を食べ歩く目・鼻・舌をもって、注目するラーメン店の味や店主に「Rock」を見出していくのが、この「RockなRamen」連載だ。
これまで登場したのは「麺家うえだ」「無鉄砲」「らぁ麺屋 飯田商店」「ラーメン 凪」「かしわぎ」と強者ばかり。
「麺家うえだ」https://getnavi.jp/cuisine/192377/
「無鉄砲」https://getnavi.jp/cuisine/201349/
「らぁ麺屋 飯田商店」https://getnavi.jp/cuisine/216349/
これらに続く第6回は、「九段 斑鳩(いかるが) 市ヶ谷本店」。激動のラーメン業界にあって、長年高い人気を保ち続けるトップランナーである。褪せない魅力を探ると、やはりそこには「Rock」な精神があった!
【プロフィール】
田中 貴
サニーデイ・サービスのベーシスト。年間600杯以上を食べ歩くラーメン好きとしても知られ、TVや雑誌などでそのマニアぶりを発揮することも多い。バンドも精力的に活動し、今年は『the CITY』『FUCK YOU音頭』『DANCE TO THE POPCORN CITY』『the SEA』とリリースを連発。しかも先月末には『サニーデイ・サービス BEST 1995-2018』と『Christmas of Love』も発売された。12月19日と28日には、締めくくりとなるワンマンライヴ「サニーデイ・サービスの世界」が開催される。
だれも追随できないオンリーワンの豚骨魚介
デビューはセンセーショナルだった。それは00年代初頭までさかのぼる。スマホはなく、SNSやネットすら一般的でなかった時代。そんな2000年4月に「九段 斑鳩」は産声をあげた。
やがて池袋や高田馬場、新宿の小滝橋通りなどが「ラーメン激戦区」と呼ばれ、行列店もちらほら現れる状況に。一方で、九段下はラーメンに関しては陸の孤島的な街。しかも、「九段 斑鳩」があった場所は人の往来すらなかった。にもかかわらず、店には至福の一杯を求める長蛇の列が。まさにそれは前人未踏。人気の理由は、坂井保臣(やすおみ)店主が作り出す圧倒的なおいしさにあった。
「坂井さんは、当時の最先端ジャンルだった豚骨魚介を独学で研究。結果、だれも追随できないレベルに達したオンリーワンのラーメンがこの味なんです。たとえば原材料。他店とは比較にならないほど贅沢な素材が使われています」(田中さん)
カツオは高級本枯節、サバ節も薫製度合いなどを特注して仕入れ、利尻昆布をブレンド。いまでは、当初入れていなかった煮干しを加えて力強さももたせている。これらはただ使うだけではなく、量も尋常ではない。そんな攻めたラーメン作りを創業当初から追求しているのだ。
そこに合わせる動物系スープには、豚足とゲンコツに鶏ガラとモミジをブレンド。パワフルで濃厚なうえにダシがリッチに香る芳醇な味わいだが、その風味を際立たせるテクニックも秀逸だ。
「丼を温めるお湯を何度も取り替えるほど徹底し、魚介の繊細な香りが損なわれないギリギリ高い温度、スープを一番おいしく感じられる温度で提供する。そして麺のおいしさにも丁寧な所作が光ります。完璧なタイミングで茹で上げた麺を箸で何度も持ち上げて、麺線を均一に。これは見た目の美しさだけじゃなく、麺にスープをなじませるためでもあります」(田中さん)
話を聞くうちに、ラーメンが完成。確かにビジュアルからして豪華な一杯だが、その真骨頂は具材と麺とスープの一体感にこそあると田中さん。
「これこれ! トロみのあるスープを、滑らかな中細麺の隙間隙間に封じ込める独自の技。ジュルンとした啜り心地は、唯一無二の食感でウマすぎです」(田中さん)
いい素材に手間をかける。服もラーメンも同じ
坂井さんはアパレル業界を経て、ラーメンの道に転身したことでも知られている。そのセンスは店に行けば一目瞭然だ。わかりやすくお洒落に仕立てただけではない、さりげない洒脱感。そこから生まれる、洗練された雰囲気。ただ坂井さんは「アパレルといっても、僕は裏方で職人のほうなんです」と謙遜する。デザイナーではないから、ということだろうか。とはいえ、かつての仕事はパリコレの作品など、世界最高峰の服作りも任される信頼の高さだった。
「洋服の仕事は家業だったんです。ひいおじいさんが創業者で。でも業界にはファストファッションの波が来ていて、本来やりたい服作りができなくなっていたんです。そこで頭を切り替えました。ただ、作るものは変わっても、自らの手でできるだけたくさんのお客さんを喜ばせたいと。その答えが一杯の幸せ。ラーメンだったんです。親父の案ですけど」(坂井さん)
極端にいえば、坂井さんは生粋のラーメン好きではない。しかし、母親が市ヶ谷の名門「江上料理学院」で師範過程を経ていたことから、幼少時より食べていたのは手の込んだ料理だった。また、学生時代の外食も量より質を重視し、懐石ランチを嗜むほど。なかでも特に、丁寧にひかれたダシに感銘を受けたとか。その舌が、斑鳩の味作りの支えになっているという。
「できる限りいい素材を仕入れて手間をかけ、長く着てもらえる服作り。それと同じですね。ラーメンに、僕のエッセンスをぜんぶ入れたいと思って。ただ、最初はラーメン作りの経験なんてないんですよ。でもお客さんにとっては僕の力不足なんて関係ないですし、ラーメンにまったく無知な人間は失礼だろうとも思いまして。そこで、業界を知ろうと思って食べ歩きました。1日3軒を、3カ月ぐらい回りましたね。で、気づいたらラーメンにハマってる自分がいたんです(笑)」(坂井さん)
オープンしてからの人気は前記の通り。抜群のおいしさは大企業からも注目され、カップやチルド麺などによる商品化も。そして2011年4月には支店「東京駅 斑鳩」がオープン。その後2015年6月には、同じ東京駅内にセカンドブランド「東京の中華そば ちよがみ」を立ち上げた。
そこは全国屈指の来客数を誇る「東京ラーメンストリート」。それだけに、提供杯数は2店舗合わせて1日に1000食を優に超えるとか。そして、タレをはじめベースとなる味はいまでも坂井さんが仕込む。「本当は限定メニューもやりたいんです。レシピやアイデアは十分にあるんですけど」と坂井さん。それでも、自らがふるまう本店では味の異なる3種類のラーメンが提供されている。そのひとつが濃厚タイプだ。
「斑鳩のなかで、最もパンチのあるスープです。濃厚好きにはたまらない! ただ闇雲に凝縮させた感じではなく、素材のよさからか、重厚ながらも上質なおいしさに仕上がっています。手もみで大きなうねりを出した極太の麺とのマッチングも素晴らしい」(田中さん)
麺も、ラーメンの味に合わせて3種類を用意。どれも小麦の香りと滑らかな舌触りが特徴だが、その秘密は新鮮さにある。坂井さんは熟成麺の力強さより、フレッシュな風味あふれる打ち立て麺の魅力をとった。
通常のラーメンに濃厚タイプ。残る3つめの味は、“辛旨濃厚”だ。これも、濃厚のスープをただ辛くしただけではなく、香り高い自家製ラー油をかけて完成。なお、タレに関しても手間をかけてダシや調味料が異なる3種の醤油ダレを別々に仕込む。そしてこれも風味がなるべく飛ばないよう、作り置きせずにできたてを調合することがこだわりだ。
「黒胡椒やホアジャオの香る、うまみとスパイシーさの絶妙なラー油がいいですね。それでいてスープの存在感も立っている。辛いメニューを食べることによって、あらためてスープの素晴らしさを感じさせられるなぁ」(田中さん)
自己流ながら勝てるという自信を授けた“王子様”
斑鳩の創業地を九段下にした理由を聞くと、歴史のある街で商売をしたかったからだという。では、なぜあの辺鄙な場所になったのか。そこには坂井さんの覚悟があった。人の流れがある通りの場合、ふらっと来店するお客もいる。だがそれでは真の評価がわからない。だから、人がまったく歩かないところで自分の腕を確かめたかったのだとか。「逆に、立地のいいところは実力をはかれないから怖かったんです」と坂井さんはいうが、これは飲食店を繁盛させる通説とは真逆の発想。だが坂井さんは「変な自信があったんでしょうね」とも。つまりそれは「Rock」だ。
「ここまで人気店の店主さんともなると、普通は経営者としての仕事が中心となるんですが、坂井さんは自ら仕込み、本店の厨房に立つ。丼を温めるために繰り返しお湯を入れ換え、麺を均一に茹でるために何度も箸で持ち上げる。この丁寧かつ美しい一連の身のこなしは、どんな優秀なお弟子さんにも真似できないと思います。同じ素材でも、作り手によって絶対的な差が出るのがラーメン。東京駅の斑鳩を好きになった人にも、ぜひ本店で、坂井さんの作る一杯を味わってほしいです。心からおいしいと思える、感動的なラーメンだと思います。そういえば、この本店、まだ仮営業のままで正式にはオープンしていないんですよ。だから、看板はおろかラーメンの文字も書かれていないんですが、日々行列しているんです。この店の実力をあらためて思い知らされますね」(田中さん)
坂井さんに一番好きなミュージシャンを聞くと「Prince」だという。だから自分流の哲学がある、とも教えてくれた。確かに「Prince」ほど独創的でマルチな技術と才能を持つアーティストは稀有であり、その中世的な存在感でも唯一無二。そんなカリスマに憧れる坂井さんが、九段下にラーメンの伝説を生んだことは、決して偶然ではないだろう。なぜならそこには“ロックの殿堂”、武道館があるのだから。
【店舗情報】
九段 斑鳩 市ヶ谷本店
・住所:東京都千代田区九段南4-7-16 第五DMJビル1F
・電話番号:03-3239-2622
・営業時間:水~金11:30~14:30
・定休日:月火土日祝
・アクセス:JRほか「市ヶ谷駅」徒歩3分
撮影/三木匡宏