スポーツにおいて、ITの活用はいまや必須事項。よく知られるのがトラッキングデータの活用だ。その取得方法は、大きく2つに分かれる。
1つが、J1リーグでも採用されているトラッキングシステムによるもの。スタジアムに据えられた数台の専用カメラとソフトウェアを用いて、ピッチ上の選手、審判、ボールの動き等をデータ化する。野球やサッカーなどの競技において世界各国で利用されている技術は、競技によってそのシステムは異なるものの、いわゆる軍事技術で使用されている自動追尾の技術を応用したハイテクシステムだ。
そしてもう1つが、おもにGPSに代表される測位衛星システムによる受信機や各種センサーを備えたウェアラブルデバイスによるものだ。こちらは、心拍数や走行距離、運動強度、リカバリー(回復力)といった数値を計測することができる。
後者のメリットは、選手の身体機能を計測できることから、スポーツチームや選手個人がコンディションを確認したりケガの予防につなげるといった用途に使用され、サッカーをはじめアメリカンフットボール、バスケットボール、ラグビーといった競技のトッププレーヤーにとっては、もはや欠かすことのできないツールの1つともなっている。
こうしたウェアラブルデバイスの活用をトップチームだけでなく、ユースの選手たちにも活用。チーム全体の強化に役立てていこうとしているのが、現在Jリーグで首位を走るFC東京だ。
ITシステムの活用は便利だがそれなりのコストも必要なだけに、育成年代での活用はなかなか難しいのが現状だ。そこで、FC東京U-18のトレーナー・山本良一さんに、ITデバイスの実際の使用状況をうかがった。
――FC東京で使用しているのは、どんなウェアラブルデバイスですか?
山本良一トレーナー(以下山本) トップとユースでは別のシステムを使用していて、ユースとジュニアユースで使用しているのが、「knows」というシステムです。
――「knows」で計測できることを教えてください。
山本 走行距離やスプリント回数、心拍数などを計測することができるのは、トップチームのシステムとそれほど変わらないと思います。特徴的ところでは「根性」といったガンバリ指数みたいな数値も出てきます。ただトレーナーとして重視しているのは、やはりスプリント回数や走行距離、そして心肺機能の数値です。
この「knows」というシステムは、育成年代にこそ自身の身体能力等を測定し、理解することが必要という元日本代表・本田圭佑氏の発案により開発され、本田氏自身の関連会社から販売されているシステムだ。
普及を目的として高いコストパフォーマンスを実現したという。FC東京U-18では、このデバイスをおもに試合時に選手に装着させ、視覚化されたさまざまなデータを選手と共有している。ちなみに、こうしたウェアラブルデバイスの試合中の着用については、2016年よりFIFA(国際サッカー連盟)が正式に認めていることも付け加えておきたい。
小さなウェアラブルデバイスから発信されたデータは、リアルタイムでアプリをインストールしたiPadに表示される。山本トレーナーは、ゲーム中にもiPadを通して選手の心肺機能や回復状況などをモニタリング。各選手のデータ把握に努めている。なお、iPadとのデバイス間の通信はWi-Fiがあれば可能なため、現状ではWi-Fi環境があるホームゲームで使用しているとのことだが、今後はモバイルWi-Fiルーターを使用し、アウェーゲームや合宿等での使用も予定している。
――こうしたシステムを若い選手たちが使用するメリットはどこにありますか?
山本 やはり、自分自身のコンディションを数値で明確にわかるのがいいですね。自分のプレーが実際はどうだったのか、あるいは調子が悪かったと感じたが実際はどのぐらい走ることができたのか、かなり疲れたけど心肺機能的にはどうだったのかなど、数字で明確にわかります。そして私からも、数字を見ながら「もっとできたはず」とか、「調子が悪くてこの数字なら、調子が良いときはもっと行ける」などとフィードバックをすることができます。
――実際にU-18 で使ってみて、トッププロの数値とは違うものですか?
山本 そこはやはり違いが出ます。たとえばスプリント回数。彼らはプロ予備軍ですから、「スプリント」の基準設定はJリーグと同じ時速24㎞以上にしていますが、高校生レベルではそう何度も出せる数字ではないですね。一方、走行距離ではプロ並みの10㎞以上走る選手が出る場合はあります。ただし、ゲームを支配され、走らされているほうが距離が出る場合が多いので、必ずしもそれが良いこととは限りませんが。
なるほど、プロの数値との違いがわかるというだけでも、選手にとっては自分に何が足りないのかが判断でき、また何を目標にすべきかということも明確になる。ただし、FC東京であっても実はまだ「knows」を導入したばかりで、使い方も「まだ初歩的な段階で手探りの状態」(山本トレーナー)なのだそう。
しかし、データをとればとるだけ、システムへの理解度も、そして個々の選手の把握度も深まっていくはずだ。高校年代のU-18だけでなく、中学年代のU-15でも「knows」が活用されているFC東京。育成年代の強化は、日本サッカーの未来へとつながる投資でもある。今後FC東京からどんな選手が育っていくのか、興味深く見守っていきたい。
ところで、冒頭で述べたJ1リーグの各スタジアムに設置されているトラッキングシステムで採取されたデータは、その一部がJリーグ公式サイトで公開されている。面白いのが、チームの平均走行距離のランキング(7月7日現在)で、首位のFC東京は下から4番目の15位。3位川崎フロンターレに至っては下から2番目の17位であり、いずれも平均以下の数値だ。
山本トレーナーがいみじくも語っていたように、ゲームを支配しているチームが、走る距離が多いとは限らない。ところが、1試合でのスプリント回数におけるチーム平均値のランキングでは、FC東京は2位に躍り出る。一方川崎フロンターレは16位。堅守速攻型のFC東京と、丁寧にパスを回して相手ゴールに向かう川崎の戦術の違いが如実に現れている。
次節は川崎フロンターレを迎えての多摩川クラシコ。
俺たちはチャレンジャー。
王者を相手にホーム 味スタで挑み、東京が勝つ。#多摩川クラシコ#CROSSTHETAMAGAWA#味スタを青赤に染めろ#fctokyo #tokyo pic.twitter.com/uqXcu36RKZ— FC東京【公式】?7/14(H)川崎フロンターレ戦 (@fctokyoofficial) July 7, 2019
ある意味対照的な2チームの対戦が、この週末の7月14日(日)に予定されている。多摩川を挟んだJクラブの対戦、“多摩川クラシコ”である。
スタジアムに備え付けられたトラッキングシステムで採取されたデータは、リアルタイムで両チームともに確認でき、すぐさま戦略へと活かされる。多摩川クラシコでは、どんなデータが活用され、勝利を手繰り寄せる要因となるのか。勝利のために、データの活用を積極的に進めるFC東京だが、川崎もその点では負けてはいないはず。非常に興味深い首位攻防戦が、多摩川クラシコの舞台で繰り広げられることになりそうだ。