昨年の11月24日に、2025年の5月3日から大阪で万国博覧会が開催されることが決定しました。そのニュースを知ったとき、「そういう日が来るなんて」と驚きました。
我が家では1970年の大阪万博が唯一無二の開催のように思われていたからです。当時、まだ中学生だった私に父が言いました。「今年の夏休みは、大阪に行くぞ! 大阪で万博が行われるなんてこと、この先、生きている間にあるはずがないんだから」その一声で家族旅行は大阪に決定し、海水浴はとりやめとなったのです。
1970年の万博体験
一家で張り切って出かけた万博でしたが、ただひたすらに混んでいました。パビリオンに入ろうにも長蛇の列です。それでも私達は何時間も並んで、アメリカ館の「月の石」を見たり、缶詰でない生のパイナップルを食べたりしました。何もかもが初めてで、夢のような体験でした。
たくさんのパビリオンを見ましたが、一番衝撃を受けたのは「太陽の塔」です。それは、異様というか宇宙的というか、それまでの私が見たことがない巨大で不思議な建造物だったのです。
怖がりの私は、父にしがみついて「何? あれ? 怖い」と言いながら後ずさりしてしまったことを今もよく思い出します。けれども、父は上機嫌のまま「あれは岡本太郎っていう芸術家が作った万博のシンボル・太陽の塔だよ。しかし、でかいな~~。すごいもの作ったな~~」と、ただただうれしそうに見上げていました。
解体されるはずだった太陽の塔
万博のパビリオンは、閉幕後に全部、解体されることい決まっていました。だからこそ、よけいに今見ておかなくてはという気持ちになります。ところが、「太陽の塔」だけは壊されないままでした。周囲にあったパビリオンや、塔を囲む大屋根が次々と解体された後も、なぜかぽつんと一つだけ残っていたのです。
そして、1975年に永久保存されることが決まりました。理由が何かはよく知りませんが、法律を変えても残したい魅力を備えた建造物だったということでしょう。おかげで、今もなお千里の丘にそびえ立つ太陽の塔を仰ぎ見ることができるのです。有り難いことです。
もっとも、今まで塔の中には入れませんでした。ところが、昨年かたく閉ざされていた太陽の塔の扉が開けられました。塔の内部が再生され、公開されたのです。
中にあった展示物の中には、歳月を経てぼろぼろになったものも多かったようです。しかし、それらは新しく作りなおされたり、補修されたりしました。そしてとうとう、太陽の塔は50年ぶりに生まれ変わったのです。塔の内部は狭いため、入場するには予約しなければなりません。それでも、私達は長い列に並ぶことなく、中に入ることができるのですから夢のような話ではありませんか。
50年ぶりのびっくり
先日、私も50年ぶりに行ってきました。懐かしい……と感じはしませんでした。それよりも、初めて見るような衝撃を感じました。帰宅すると『太陽の塔ガイド』(平野暁臣・著/小学館・刊)を熟読しました。太陽の塔を理解するために必見のガイドブックです。
以前、行ったとき、私は一目見て怖いと感じました。それは私が子供だったからだと思っていたのですが、50年後の今もなお、太陽の塔は私にとって「何? あれ? 怖い」という印象を残す存在でした。
芸術家・岡本太郎が魂をこめて作った太陽の塔は、時を経てもなお、すさまじいエネルギーにあふれ、見るものを圧倒するのです。
『太陽の塔ガイド』は、空間メディアプロデューサーや現代芸術研究所代表取締役をつとめ、岡本太郎記念館館長でもある平野暁臣が編集した本です。自ら太陽の塔再生プロジェクトを率いた方だけあって、単なるガイドブックには終わらず、岡本太郎の内部まで踏み込み、かつての太陽の塔について説明するだけではなく今の太陽の塔に迫っています。
芸術的な建物とは普遍的でありながら、同時に、いつも斬新でいられるのかもしれません。
このガイドブックは、生まれかわった太陽の塔をわかりやすく解説した本です。そこは多才な発見に満ちたワンダーランド。本書を片手に、世界にも類を見ない独創的な芸術空間をぜひ体験してみてください。きっとなにかが見つかるはずです
『太陽の塔ガイド』より抜粋
岡本太郎が考えたこと
確かにその通り。『太陽の塔ガイド』によって、私達は岡本太郎の製作意図を知ることができます。岡本太郎はこう述べています。
万国博の仕事を引き受けるとき、私はベラボーなものをつくると宣言した。右を見たり、左を見たり、人の思惑を気にして無難なものをつくってもちっとも面白くない。みんあが、びっくりして、なんだこれは! 顔をしかめたり、また思わず楽しくなって、にこにこしてしまうようなそういうものを作りたかった
(『太陽の塔ガイド』より抜粋)
50年前、中学生だった私が太陽の塔を見たとき、岡本太郎の製作意図はよくわかっていませんでした。けれども、行ってよかったと思います。6421万人もの人が集まったという万博の観客の一人になったからこそ、50年後の今、新しい気持ちで復活した太陽の塔に会えたのですから。
未来を見る目
2025年に開催される万博は、同じ大阪ではありますが、1970年の万博が行われた千里ではなく、此花区の夢洲という人工島で開催されます。どんな万国博になるのか、まだわかりません。そもそもこの目で見ることができるのでしょうか。
父の言葉に従えば、一生に一度しか見ることができない万博です。2025年まで私が生きていたら見に行きたいとは思いますが、それは誰にもわからないのです。けれども、岡本太郎が太陽の塔に託した「ベラボーなもの」は永遠に受け継がれていくと私は信じたいのです。
とりあえず、『太陽の塔ガイド』を片手に太陽の塔の見学してみてはいかがでしょう。2025年の万博がより楽しみになると思います。未来を見据えた太陽の塔は、夢洲の万博をも見つめているに違いない、今、私はそんな風にかんじています。
【書籍紹介】
太陽の塔ガイド
著者:平野暁臣
発行:小学館
2018年3月に恒久的なミュージアムに生まれ変わった太陽の塔。半世紀にわたって封印され、廃墟同然だった塔内がみごとによみがえりました。過半の生物造形を失った〈生命の樹〉はダイナミックに再生し、行方不明になっている〈地底の太陽〉も復元を果たしたのです。本書は、新たに展示施設として整備された太陽の塔の全貌を紹介するガイドブックです。館内を巡り歩く際に役立つ展示解説はもとより、太陽の塔をより深く理解するためのさまざまな情報が満載です。さらに、太陽の塔を生んだ大阪万博「テーマ館」の思想や岡本太郎の制作意図などのバックグラウンドをやさしく解説。太陽の塔の意味を考えるうえでのヒントに満ちています。太陽の塔を訪れる人のみならず、太陽の塔ファン、岡本太郎ファン、万博ファン必携のガイド本です。