ラーメン好きなミュージシャンとして知られる、サニーデイ・サービスのベーシスト、田中 貴さん。年間600杯以上を食べ歩く目・鼻・舌をもって、注目するラーメン店の味や店主に「Rock」を見出していくのが、この「RockなRamen」連載だ。これまで登場したのは「麺家うえだ」「無鉄砲」「らぁ麺屋 飯田商店」など強者ばかり。
「サニーデイ・サービス 田中貴とRockなRamen」バックナンバー
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続く第9回は「長尾中華そば」。ラーメンにおけるひとつのジャンルとして、“煮干し系”を定着させたパイオニア的存在だ。本店は青森にあり、今回は2018年7月にオープンした神田店を訪問。月に一度は味のチェックのためにも東京を訪れる長尾大店主に話を聞いた。
【プロフィール】
田中 貴
サニーデイ・サービスのベーシスト。日本全国を食べ歩くラーメン好きとしても知られ、テレビや雑誌などで、そのマニアぶりを発揮することも多い。バンドの新作としては、9月4日にサニーデイ・サービス、丸山晴茂在籍時の国内ラスト・ワンマン公演収めたDVD「Birth of a Kiss」をリリース。また、サポートとして今秋はワタナベイビー(ホフディラン)、スネオヘアーなどのライブに出演する。
『ワタナベイビー バンドツアー』
10月25日(金)福井 ハピリンホール能舞台
10月26日(土)姫路 ハルモニア
10月27日(日)名古屋 新栄 PUB ROLLING MAN
11月9日(土)徳島 Music Bar Ricky
11月10日(日)高松 206 TSU MA MU
『スネオヘアー十番勝負!其ノ六「バースデー」』
10月12日(土)東京 下北沢 GARDEN
10月19日(土)大阪 福島 LIVE SQUARE 2nd LINE
煮干しラーメンは「長尾中華そば」を紀元に前後で分けられる
煮干し自体は、日本人ならなじみ深い食材だ。ラーメンでも同様だろう。煮干しのダシを効かせたラーメンや、煮干しをウリにしている店は昔からあった。しかし「長尾中華そば」の登場後、その世界はガラっと変わった。
「そもそも青森・津軽地方のラーメンは、煮干しのインパクトがかなり強いんです。僕が現地で初めて食べたのは、『長尾中華そば』が創業する以前の1998年。ライブの時に地元のスタッフさんに老舗の店を聞いたら、『本当に行ぐ? 地元でもダメな人はダメなやつだけど……』と言われるほどで。普通はそんなに個性が強すぎたら、全国的に広まらないじゃないですか。でも長尾さんは、あらためて青森の味を研究し尽くして、クセはありながらも多くに人に好まれる味を生み出したんです」(田中さん)
味の追求はもちろん、津軽ラーメンの再構築にも尽力。知る人ぞ知る存在だったものを確立させたことも、長尾さんの功績だ。というのも、津軽ラーメンには青森市に多いソリッドな煮干しスタイルと、弘前の煮干し+豚骨の濃厚タイプの2系統が存在。長尾さんは研究の末に、その両方を提供することで津軽ラーメンの奥深さを訴求し、結果としてブランディングに成功する。
「そもそも煮干しは、昆布や鰹節と同じく和食の根幹をなす食材で、日本人なら嫌いな人はいないほどの味です。でも、僕が初めて青森で食べた店は、エグみや生臭さもあるあまりに強烈な煮干しスープで、『ちょっとやりすぎだろー』と思いました。でも、なんだか気になっちゃって、毎年行くたびに食べてるうちに、完全にハマってしまいました。やっぱり煮干しって、すごく魅力的な食材なんですよ。
あと、東京で煮干しラーメンを広めた立役者は『ラーメン 凪』の生田智志大将なんですが、彼が煮干しに開眼したのは津軽ラーメンがきっかけ。生田大将の出身は豚骨ラーメン王国の福岡で、凪も以前は博多ラーメンのスタイルで人気を博していました。でもいまは、国内にある十数店舗は、渋谷の本店以外すべて煮干ラーメンの店。豚骨100%だった男を変えさせるほどの魔力が、津軽ラーメンにはあるんです。」(田中さん)
あっさりとこってりの2本立てで濃さも選べる新スタイルを確立
まずはソリッドな煮干しラーメンから。なお、津軽ラーメンの個性は煮干しの風味だけにあらず。実は麺もきわめて独特だ。それは厳密にいうとラーメンの枠からはみ出るほど。なんと、中華麺に不可欠なアルカリ塩水溶液「かん水」が入らない麺なのだ。麺の素材としてはうどんなのだが、食べてみればその味わいはまぎれもなくラーメン。粉や配合を変えることで、無二の食感の麺になるという。
「スープも変わってて、このトラディショナルなタイプには鶏や豚など動物系の素材を使ってないんです。ソリッドな煮干しの風味。そこに、“かん水”の入らない麺。じゃあ、うどんじゃないかって話ですよ(笑)。すごく独特なんですが、青森市内にはそういうラーメンが古くからあるんです。細縮れ麺のほうは老舗の名店『くどうラーメン』をはじめ、市内のラーメン屋、食堂では一般的なスタイル。細縮れ麺も選べるのは、それらの店に対する長尾さんのリスペクトの気持ちでしょうね」(田中さん)
次にオーダーしたのは“新・津軽ラーメン”と銘打たれた「こく煮干し」。こちらが弘前の煮干し+豚骨の濃厚なタイプだ。麺は手打ちと中太から選べ、つけ麺、塩味、味噌味のほかあっさりとこく煮干しをブレンドした「あっこく麺」という一杯も。スープ、麺、タレ、トッピングなどを種類豊富にそろえ、それを組み合わせることで、同店には様々なラーメンやセットが存在する。そこで、お得な「こく煮干し にぼめしセット」にしてもらった。
動物系の白湯(パイタン)スープには、豚のゲンコツ、背ガラ、足に鶏のガラとモミジも採用。煮干しのダシも使い分け、「あっさり」は淡麗な平子煮干しが中心。「こく煮干し」は上品な白口の煮干しをベースに、うるめイワシと平子イワシをブレンドしている。ラーメンごとにダシをチューニングするからこそ、好バランスでハイクオリティな味に仕上がるのだ。
「弘前にある1982年に創業の『たかはし中華そば店』が作り上げたスタイルです。言うなれば、濃厚豚骨煮干しという味なんですが、2002年に初めて食べたときは腰を抜かすほど感激しましたね。いまではこのスタイルのラーメンを出す店も増えましたが、ここの『こく煮干し』は、単純に濃さだけを競う流行りの店を嘲笑うかのような完成度、バランスの良さ。柔らかめの麺とのマッチングも素晴らしく、これが本物の青森の煮干しラーメンなんだという、長尾さんの誇りすら感じる一杯です」(田中さん)
「たかはし中華そば店」は、長尾さんのラーメン人生においても欠かせない一軒。この味を知ったことでラーメン作りに興味をもつようになったという。そしてあっさりからこってりまで様々なラーメンを研究し、濃厚系を追求するなかで生まれたのが「ごぐにぼ」だ。
「『ごぐにぼ』は、券売機のところに裏メニューってしっかり書いちゃってますが、最初は本当に表に出てないメニューだったんです。“ごぐ”っていう津軽弁の独特な響きが、このラーメンの強烈さを表現してますよね。こういう長尾さんの遊び心、アイデアが、この店のもうひとつの魅力。こうやってあっさりとこってりの両方を提供して、濃さも選べるラーメン店は、それまでの青森になかった新潮流。長尾さんは、青森に古くからあるあらゆるラーメンのスタイルを吸収し再構築した、まさに津軽煮干しラーメンのパイオニア。以後、このスタイルに共感する店も次々にオープンし、全国各地からラーメン好きが訪れるほどに青森のラーメンが一気に盛り上がりましたね」(田中さん)
東京では現在、この神田店しかないが、実は東京出店は初めてではない。期間限定で、2013年にラーメン評論家・石神秀幸さんプロデュースの「極み麺 selection」の一軒として池袋に半年間出店していた。それも、東京出店は最初で最後と決意したうえで。自分の目の届く範囲でやりたかったからだ。だが、長尾さんは東京に戻って来てくれた。その理由は?
「うちのラーメンを、また東京で食べたいという声が多かったから。でもそれ以上の理由があるんです。東京には濃厚煮干しのラーメンが増えてますが、麺もスープも青森のとは違うスタイルの店が多くて。だからもっと東京の方々に、津軽ラーメンのおいしさを知ってもらえたらなぁと。渋谷や池袋とかに、東京2号店を出したいとも思っています」(長尾さん)
田中さんも同感とのことだが、あっさりの魅力も知ってほしいと力説する。
「青森市内に古くからあるあっさり系煮干しで好きな店は多いんですが、『丸海鳴海中華そば店』も十数年前から何度も訪れてるほど大好きな店。ここには並と大しかないんですが、この大が知る人ぞ知るキョーレツな一杯なんです。『長尾中華そば』に『あっさり デカ盛りデカ肉』(1300円)っていうのがメニューにあったんで、もしやと思い頼んだらまさにソレ。気になる人は、両方で食べ比べてみてください(笑)。食べ終わり、大満足して長尾さんに連絡したら、『そこに気づくの田中さんくらいだよ』って笑われました。そういう、マニア心をくすぐるところもたまんないですね」(田中さん)
津軽弁で頑固者のことを“じょっぱり”というが、それはいわばアツい心。上京後に名店で腕を磨くも故郷へ戻り、地元の食文化発展のために奔走。やがて全国レベルの一大ムーブメントを生んだ源には、アツい郷土愛があったのだろう。そして煮干しに対する譲れない“じょっぱり”な津軽イズムは、今日も東京のラーメンファンを唸らせている。
【店舗情報】
長尾中華そば 神田店
・住所:東京都千代田区神田小川町1-7 神田小川町ハイツ108
・電話番号:03-5577-4655
・営業時間:月~土11:00~21:30、日祝11:00~15:00(売切れ次第終了)
・定休日:なし
・アクセス:都営新宿線「小川町駅」B6口徒歩1分
撮影/三木匡宏