こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私は最近カクテルを家で作って楽しんでいます。これを友達に言うと、「シェイカーでシャカシャカしているの?」と聞かれるのですが、シェイカーを使うことはほとんどなく、バー・スプーンでステアするのがメイン。ちょっといいグラスに、買ってきた氷を入れて、お酒とジュース&炭酸を入れてよく混ぜる。これだけで驚くほど美味しくなります。
オススメはジントニック。ジンとトニックウォーターだけでシンプルなのに、奥が深くてハマってしまいます。自分で作るとお酒の濃さも変えられるので、体調や明日の予定に合わせて調整できるのもいいですね。
日本のお酒、その未来を展望する
今回紹介する新書は『お酒はこれからどうなるか 新規参入者の挑戦から消費の多様化まで』(都留 康・著/平凡社新書)。著者の都留 康さんは経済学者で一橋大学名誉教授。研究分野は労働経済学、人材マネジメント、人事経済学、さらに酒類産業の経済分析も行っています。著書には『お酒の経済学 日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』(中公新書)などがあります。
日本ならではのクラフトジンとは?
第1章は「日本酒 続く新規参入者の挑戦」。全国で日本酒の蔵元が減少しているなか、北海道で2017年に設立された上川大雪酒造が取り上げられています。社長の塚原敏夫さんは大手証券会社やヘッドハンティング会社を経て、三重県で日本酒蔵元の子息と出会ったのをきっかけに日本酒づくりを志しました。
参入規制によって新規免許がまったく下りないなか、三重県の製造免許を北海道・上川町に移転するという奇策に打って出て、粘り強く交渉した末、許可を勝ち取ったのだとか。全量北海道産の米と地元の天然水を使用した「上川大雪」は札幌国税局新酒鑑評会・金賞、パリKura Masterプラチナ賞を受賞するなど高い評価を得るまでになったそうです。
この章では、日本酒の参入規制の問題点や、経済学的になぜ規制を緩和すべきかについても切り込んでいます。既存の蔵元を守るのか、新たな挑戦を後押しするのか。日本酒は岐路に立っているのですね。
第4章は、今私が一番気になっているお酒・ジンがテーマ。掲載されているグラフによれば2019年からジンの出荷量は急速に拡大し、2021年は10年前と比べて2.3倍となる287万8689Lと大きく伸びています。
このジンブームの火付け役となったのが、英国人のデービッド・クロールさんと角田紀子クロールさん夫婦、英国のウイスキー専門誌の元編集長であるマーチン・ミラーさんの3人が2014年に創業した京都蒸留所。世界的に珍しい米を原料としたスピリッツをベースに京都産のボタニカル(柚子、宇治茶、生姜、山椒など)を厳選。こうして2016年に発売された「季の美」はIWSC(インターナショナル・ワイン・アンド・スピリッツ・コンペティション)2018の「最高賞」を獲得しました。1本5000円弱と高価ですが、これだけこだわっているとなるとストーリーも込みで楽しんでみたくなりました。
経済学的には、同時期に登場したサントリーのジャパニーズクラフトジン「ROKU」(2017年7月発売)とともに、「製品の展開が消費者の行動を変えるという意味で『共進化』といえよう」と分析する著者の都留さん。「季の美」と「ROKU」はプレミアム価格帯で競合関係ですが、市場の拡大という意味では協力・補完し合っているわけですね。こうした経済学者ならではの視点が、本書を一般的な銘酒ガイドとは異なる深みある味わいにしています。
後半の章では家飲み(晩酌)、居酒屋、醸造所併設の飲食店といった日本の酒飲み文化にも迫っています。やや堅めの文章で、お酒を取り巻く日本の現状と切り拓くべき未来がしっかり見えてくる一冊。アルコールであればなんでもいいというガブ飲み派は遠慮していただいて、お酒を舌でも頭でも味わいたいという人に本書の授業を受けてもらいたいところです。
【書籍紹介】
お酒はこれからどうなるか 新規参入者の挑戦から消費の多様化まで
著:都留 康
発行:平凡社
お酒の国内消費が減少するなかで、従来の枠組みや伝統にこだわっていては、産業は衰退するだけだ。だが、その壁を打ち破ろうとする新たな動きもある。その挑戦を紹介し、意義を分析する。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。