ロボット掃除機「ルンバ」で知られるアイロボットが転機を迎えています。需要減速や買収交渉の頓挫で経営が悪化し、2025年には米連邦破産法11条を申請。2026年1月からは、中国企業PICEA(パイシア)の傘下で再建を進め、製品供給とサポートを維持しながら事業立て直しを図っています。
“ロボット掃除機の元祖”企業がそうした大きな転換期を迎えるなか、2025年11月にアイロボットジャパンの代表執行役員社長に就任した山田毅氏に、GetNavi web編集長の坂田がインタビュー。経営環境が揺れる今、同社はどこへ向かうのか? そのヒントを探ります。

新製品「ルンバ ミニ」への思い
Q1.「ルンバ ミニ」に込めた思いとは?
――山田社長が副社長時代から構想されていた“日本の住居に最適化した小型モデル”がついに形になりました。この製品は、新生アイロボットジャパンにとってラインナップ拡充以上のどんなメッセージが込められているのでしょうか?
私は「人の生活に役立つもの、生活にインパクトを与えるものを作りたい」という思いでアイロボットに入りました。ルンバを使ってくださっている方は「もうルンバなしでは生きていけない」と言ってくださるほど生活が変わるのですが、なぜか日本だけ普及率が伸びない。理由のひとつは“サイズ”だと感じていました。日本の住環境にとって、従来の大きさが障壁になっていたのではないかと。実は私が思いついたというより、日本からのリクエストはずっとあったんです。ただ、さまざまな理由で製品化できませんでした。
その理由とは、小型化による性能のトレードオフです。例えば、私が入社した当時は「小さくすると吸引力が落ちる」「バッテリーが小さくなり部屋全体を掃除できない」「ダスト容器が小さくなりすぐ満杯になる」など、避けられない課題がありました。これらが乗り越えられず、結果として日本メーカーが小型ロボット掃除機を出しましたが、性能面で満足できず普及しませんでした。
私は「日本人の生活に本当に役立つ製品を作りたい」とずっと思っていました。今回、ようやく日本のお客様に胸を張って「これは日本の生活を良くするための製品です」と言えるものができました。ですから、私にとっても大きな思い入れがあります。特に日本では共働きが増え、ワークライフバランスが重視される中で、ルンバが十分に役立てていませんでした。今回はようやく生活を支えられる製品になったと感じています。

Q2.“パイシア傘下”で開発スピードは変化しましたか?
――他のインタビューで「2年間、新製品開発が止まっていた」というコメントがありました。以前のアイロボット体制では実現が難しかった“日本独自の要望”が、パイシア傘下になったことで、なぜこれほど迅速に製品化できるようになったのですか?
私が入社した2015年頃から小型化の構想はありましたが、実現したのは新しい経営陣になってからです。創業者のコリン・アングルが退任し、新CEOのゲイリー・コーエンが就任したことで、製品開発の姿勢が大きく変わりました。市場の声を聞き直し、「日本はなぜ普及率が低いのか?」という議論から始まり、まず“大きさ”が課題だと共有されました。そこから「やってみよう」と動き出したのです。
実は、以前は内部だけで開発していて、いわば“秘伝のタレ”のような古いソフトウェアを継ぎ足しながら作っていた状態でした。しかし、体制が変わり、時代に合った設計やソフトウェアを一から作り直すことになりました。2024年に発売したルンバもその流れの中にあります。開発自体は2年ほどですが、実際にはもっと早く動き始めていました。
2024年以降、アイロボットの経営体制は大きく変わり、次のステージに入っています。パイシアとの連携によって開発スピードも大きく変化しました。以前は自社で設計し、製造を委託する形でしたが、2024年からはパイシア側で設計段階から深く関わるようになりました。彼らは世界中の市場を見ており、変化を捉えるスピードが非常に速い。開発スピードは劇的に向上し、フラッグシップの入れ替えも2〜3年から、今では半年に1回出そうと思えば出せるほどです。
Amazonの買収話があった2021年夏から2023年1月頃までは、新製品開発が停滞していました。しかしその後、ゲイリー・コーエン体制になったことで、開発は一気に加速しました。さらに、パイシアのグループに入ったことで、我々は“最優先のブランド”になりました。以前見せてもらっていたロードマップとはまったく違う、より良い計画が共有されるようになり、リソースも優先的に割いてもらえるようになりました。彼らは細かい点まで非常によく質問してきます。「どんな不具合があるのか?」「どんな機能が必要なのか?」など、R&Dと直接やり取りできるようになり、スピード感とグリップ力が格段に上がりました。
再建のビジョンについて

Q3.再建のキーとなる“3つの劇的変化”を挙げるとすれば?
――パイシア傘下となったことで大きく変わったことを3つ教えてください。また、ユーザーが最も恩恵を感じるポイントはどこでしょうか?
まずひとつ目は、“お客さま中心”の考え方がより強くなったことです。お客さまが何を求めているのかを真剣に考える姿勢が、これまで以上に徹底されていると感じます。
2つ目は、マーケットインとプロダクトアウトのバランスが取りやすくなったことです。パイシア側は技術力が非常に高く、すでに中国では「空気中の水分を集めて水拭きに使う」「汚れた水をろ過して再利用する」といった最先端技術を発表しています。従来のようにタンクに水を入れる必要がない、そんな技術です。
こうした“技術起点”の発想と、“市場起点”の発想の両方をうまく組み合わせられるようになったのは大きいですね。これまでのアイロボットは、どちらかというとプロダクトアウト寄りでした。Aという製品にモッピング機能を付けてBにし、さらにパッド洗浄機能を付けてCにし、乾燥機能を付けてDにする……という、家電によくある進化の仕方です。もちろんユーザーのことを考えてはいるのですが、実際に使うと「これは本当に必要なのか?」という機能もあったりする。そこに、より素直なフィードバックを取り入れやすくなったと感じています。
3つ目は、“継続利用者を増やす”という視点がより強くなったことです。ロボット掃除機はまだ新しいカテゴリーで、最初の顧客は“新しいもの好き”でした。しかし、今後はどれだけファンを増やし、どれだけリピートしてもらえるかが重要になります。
家電はブランドスイッチが簡単です。ロボット掃除機も同じで、アイロボットから他社に乗り換えるコストは高くありません。だからこそ、アフターサービスやメンテナンスなど、お客さまとの接点を強くすることがビジネス成長の鍵だと考えています。
Q4.強豪ひしめく市場で「ルンバ」が再び圧倒的になるための勝算は?
――中国メーカーを中心とした高機能・低価格な競合が台頭する中、山田社長が考える“アイロボットにしかできない付加価値”とは何でしょうか。スペック競争ではない、別の次元の戦い方について教えてください。
まず、日本ではアイロボットはナンバーワンメーカーです。だからこそ、お客さまに本当に役立つ製品を作り続けることが最重要です。今回のルンバミニのように、日本の生活に合った製品を出していくこと。そしてもうひとつは、市場ニーズの細分化に合わせてラインナップを拡充することです。これまではひとつの製品を自社サイト、AmazonをはじめとするECサイト、量販店、小売店などすべてのチャネルで販売していましたが、今後はチャネルごとに最適な製品を用意していきます。全チャネルをカバーできるメーカーは我々だけですから、その強みを活かしたい。ルンバミニはその“ピース”のひとつであり、今後も別のピースを埋める製品が続々と出てくる予定です。今年はかなり多くの新製品を出します。楽しみにしていてください。
Q5.山田社長が考える“アイロボットの強み”を漢字1文字で表すと?
――30年以上の歴史を持つブランドの伝統と、これからの革新。その両方を象徴し、社員やユーザーに届けたい“一文字”とその理由をお聞かせください。
“和”です。これは直感なんですが、アイロボットの強みは、“助け合う文化”が非常に強いことだと思っています。日本チームも海外チームも、外資系とは思えないほど助け合う。そしてその“助け合い”はお客さまにも向けられています。
会社のミッションは“Empower people to do more”。ロボット掃除機を使うことで生活が楽になるし、社員どうしも助け合うことでより多くの価値を生み出せる。殺伐とせず、良い循環が続いているのがアイロボットの強みです。

日本向け製品であるルンバミニのコンセプトづくりは、日本チームが深く関わりました。普通は技術者がほぼ完成品を作ってから営業やサービスが細部を調整する程度ですが、今回は最初のコンセプト段階から日本チームが参加しました。特に“水拭き機能を付けない”という判断は、日本の生活環境を理解していないとできません。海外では床が汚れやすく、水拭きは必須です。しかし、日本では床が比較的きれいで、強力な水拭きは必要ない。フロア用クリーニングシートのような軽い拭き掃除で十分です。この点を理解してもらうのに時間がかかりましたが、最終的に日本の生活に合った形に仕上がりました。
また、日本の高齢者でも使えるよう、ボタンひとつで完結する操作性にこだわりました。アプリやWi-Fi接続が不要でも使えるようにしています。

ロボット掃除機メーカーとしての信頼とテクノロジーの未来
Q6.ユーザーが最も懸念する“データプライバシー”はどうなりますか?
――新体制において、ユーザーの部屋のマップデータなどの扱いはどう変わりますか?中国企業傘下になったことで不安を覚えるユーザーもいると思います。 新設された「iRobot Safe」の役割を含め、日本のユーザーが安心して使い続けられる根拠を教えてください。
まず、ロボットからクラウドに送られる時点でデータは匿名化されています。個人情報は含まれていません。さらに、データはAWSで管理され、今回新設された「iRobot Safe」という独立組織が物理的にも保護しています。中国からはアクセスできないよう完全に遮断されていますので、安心して使っていただけます。
Q7.“掃除の先”を見据えたプロダクト展開の可能性はありますか?
――これまでも空気清浄機などの試みがありましたが、今後は“床掃除”以外の領域で、アイロボットのロボティクス技術が家庭に浸透していくビジョンはありますか?
これは会社としての公式見解ではありませんが、私個人としては広げるべきだと思っています。単体の空気清浄機ではなく、ルンバと連携して動く“セット”のような製品。生活の困りごとを複合的に解決することで、継続利用者が増えるはずです。
アップルのように、Aを持っているからBも買う、Bを買い替える時にまたAも買う、というようなエコシステムを作りたい。具体的なアイデアはまだ言えませんが、すでにいくつか提案しています。
Q8.AIの進化が“ロボットと人間の関係”をどう変えるとお考えですか?
――生成AIなどの最新技術がルンバに搭載されることで、将来的にロボットは単なる“家電”から、どのような存在に進化すると考えていますか?
AIというより、“人間との関係性”が変わると思います。AIは感情を読み取り、人間よりも優しく受け止めてくれる場面もあるでしょう。ロボットが動けなくなった時に、「ごめんなさい、助けてください」と言い、人間が「ごめんね、今行くよ」と返す。そんな双方向の関係が生まれるはずです。
すでに多くのユーザーがルンバに名前をつけています。AIが進化すれば、もっと深い関係になるでしょう。ルンバは家の中を毎日見ているので、家のことを一番知っている存在になるかもしれません。以前、コリン・アングルがカメラを優先にしたナビゲーションにこだわっていたのは、物体認識によって人間の生活にもっと役に立てるんじゃないかと。例えば「鍵が落ちていましたよ」「指輪がここにありましたよ」と教えてくれる未来もあり得ます。

ユーザーへの約束と5年後の姿
Q9.既存ユーザー、そして「ルンバに戻ろう」と考えている方へメッセージをください。
――「サポートは継続されるのか?」「製品は壊れにくくなるのか?」といった不安を持つファンに対し、社長として今、最も伝えたい“約束”は何でしょうか?
高市さんじゃないですけど、“Roomba is back!”(笑)。サポートも続きますし、より強化していきたいと思っています。安心してください。
Q10.5年後、アイロボットジャパンはどんな景色を見せてくれますか?
――日本の家庭におけるロボット掃除機の普及率をどう引き上げ、アイロボットがどのような“インフラ”になっていることを理想としていますか? また、ルンバで培った技術やビッグデータでどのような課題を解決していますか?
私としては、先ほどもお話ししたように、もっと多くのカテゴリーで、もっと多くの場面で、お客様の生活の中に自然に入り込み、役に立つ存在になっていたいと思っています。もしそうなっていなければ、私はこの仕事を続けていなかったかもしれません。
アップルがさまざまな製品を連携させて生活を便利にしているように、私たちは“生活家電”という領域で同じことを実現したい。アイロボットの製品で家の中が自然と満たされていき、「気づいたら家の中がアイロボットだらけだわ」と思っていただけるような世界を作りたいんです。家電に留まらない領域にも広がっていく可能性は十分あります。
正直、5年前に今の状況を想像できたかというと、まったくできませんでした。アイロボットがこうなるとも思っていなかったし、ルンバミニが出るとも思っていなかった。だからこそ未来は読めませんが、思いとしては「いろんな場面でお客様を後押して、使ってよかったと思ってもらえる体験を増やす」ことがミッションです。

文/神野恵美 撮影/鈴木謙介