本・書籍
2018/1/26 11:00

食べることは生きること。『みをつくし料理帖』の料理を思い浮かべて生を実感する

もう20年も前になるが、実家の母が亡くなり、お葬式を終えたまさにその夜、前から決まっていた約束があった。お世話になった編集者とレストランで食事をすることになっていたのだ。

 

そのとき、私は本を出版したばかり。その打ち上げをかねての食事だから、なかなか予約のとれないレストランをおさえてくれたと聞いていた。

 

事情を話せば中止にすることもできたと思う。けれども、私はしなかった。なんだかくたびれ果てて、母の死を伝える気力もないまま、ぼんやりとしたまま約束の場所に出向いてしまったのだ。

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食べることは生きること

早めに着いたはいいが、私は困ったことになったと思った。ここ数日、ほとんど寝ていない。何か食べていたはずだが何を食べたか覚えていない。そもそもまったくものの味がしない。髪の毛にお線香のにおいがしみついているような気もするし……。

 

何か食べることができるのだろうか……。

 

ところが、いざ食事が始まると、私はちゃんと食べた。ワインもじっくり味わった。そして、思った。

 

母が亡くなり、もう一緒に死んじゃいたいと思っていたはずなのに、私は食事を楽しんでいる。編集者にも気づかれることなく、笑ったり、話したりしている。

 

心の中で母に言った。「ごめんね、お母さん。私、ご飯もお酒も美味しい。こんなにも悲しいのに、こんなにも美味しい」。

 

食べることは生きることだと、その時、思った。

 

魅力的な登場人物

八朔の雪 みおつくし料理帖』(高田郁・著/角川春樹事務所・刊)は、大坂の水害で両親を亡くし、天涯孤独な身となった少女・澪が、大坂で有数の料理屋の女将さん・芳に助けられ、奉公しながら、一人前の料理人になっていく物語だ。すでにシリーズ化もされた人気小説であり、NHKの土曜時代ドラマにもなっているので、ご存じの方も多いだろう。

 

時代小説は、登場人物がいかに魅力的かで勝負が決まると私は思うが、『みおつくし料理帖』は主人公の澪はもちろんのこと、母親のような優しさで澪を包む芳の描き方が秀逸で引き込まれる。

 

さらに、澪と芳が、事情があって、大坂から江戸に住まいを移すことも、物語の魅力のひとつだ。大坂で育った澪が会ったことのないような人々が表れ、澪とぶつかったり、守ったりと、刀こそ振り回さないが、まるでちゃんばらのような戦いが繰り広げられる。

 

たとえば、町医者として澪を助け、やがて澪にひかれていく玄斎。謎の牢人小松原。そして、澪が料理人として腕をふるうことになる「つる家」の主人種市など。それぞれに鬱屈を抱えている男達が、澪の料理を前にすると、つかの間の夢を見て、笑顔になる。

 

 

大坂vs.江戸

大阪と東京は、今も違う面が多い。言葉、味、生活習慣、笑うツボなどが、微妙に違う。澪が生きた時代はなおさらだろう。そんな中、料理人となった澪は江戸にいながら、上方の料理を出すという、暴挙と呼びたくなるような生き方をしている。

 

けれども、それを受け止め、うまいものはうまいと受け入れてくれる人々もいたのだ。次第に、澪の方も歩みより、江戸の人々の舌にあった料理を作るよう必死の努力をするようになる。この大坂と江戸の戦いと歩みよりが、食べ物を通して描かれているのが面白い。

 

食べ物は理屈ではない。上方で絶賛される「牡蠣の土手鍋」も、江戸の店で出すと「せっかくの深川牡蠣を」の呪いの言葉を浴びせられることとなる。その間を右往左往する澪の姿は、複数の文化の中を悩みつつ生きる私たちにも通じるところがある。

 

 

澪の料理帖を再現できる嬉しい付録

『八朔の雪 みおつくし料理帖』には、巻末に嬉しい付録がある。作品の中に出てきた料理のレシピが記されているのだ。江戸で孤軍奮闘した澪の熱が伝わってくるようなレシピたちだ。

 

「ぴりから鰹田麩」「ひんやり心太」、「とろとろ茶碗蒸し」「ほこり酒粕汁」など。作品の中で澪が創作した料理を再現するとき、私たちは江戸時代の神田明神下大台所町の蕎麦屋「つる家」にその身を瞬間移動したような気持ちになる。

 

時代小説の楽しみと、食べ物への愛情と、人々の人情が、ミックスされた『八朔の雪 みおつくし料理帖』を読んでいると、母の葬儀の日にガッツリ食べた自分の姿を思い出す。

 

やはり、生きることは食べる事であり、食べてこそ、悲しみを乗り越えられるのだと言いたくなる。さぁて、今日は何を食べようかな~~。

 

 

 

【著書紹介】

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八朔の雪 みをつくし料理

著者:高田郁
出版社:角川春樹事務所

神田御台所町で江戸の人々には馴染みの薄い上方料理を出す「つる家」。店を任され、調理場で腕を振るう澪は、故郷の大坂で、少女の頃に水害で両親を失い、天涯孤独の身であった。
大阪と江戸の味の違いに戸惑いながらも、天性の味覚と負けん気で、日々研鑽を重ねる澪。しかし、そんなある日、彼女の腕を妬み、名料理屋「登龍楼」が非道な妨害をしかけてきたが・・・・・・。料理だけが自分の仕合わせへの道筋と定めた澪の奮闘と、それを囲む人々の人情が織りなす、連作時代小説の傑作ここに誕生!

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