『食キング』や『極道めし』などのグルメ漫画でおなじみ「土山しげる」先生の隠れた名作が、このたび電子書籍で復刊した。主人公は、麺類が好きな若いサラリーマンであり、名前を池田免太郎(通称イケメン)という。
「コロッケそば」が許せない理由
こんなに
立ち食いそば好きでもコロッケそばと
ソーセージ天そば
だけは
食いたくないね(『男麺』から引用)
このセリフは『男麺』(土山しげる・著/ゴマブックス・刊)における「第1話 そば」の導入部だ。ソーセージ天そばを引き合いに出していることから、おそらく免太郎は、伝統的ではない「食の組み合わせ」に対して違和感があるのかもしれない。本書の「第4話 名古屋麺」のなかでも、免太郎は「鉄板ナポリタン」を絶賛しているが「あんかけスパ」については好き嫌いの表明を保留しているからだ。
現代の立ち食いそばを語るうえで「コロッケそば」は欠かせないものだが、当然のことながら、みんなが好きなわけではない。
わたしもそばが好きで「野菜のかき揚げそば」や「ちくわの磯辺揚げそば」はよく食べるけれど、コロッケそばを注文することはほとんどない。あまり相性が良いとは思えないからだ。パン粉の衣で揚げたものは、和風のダシ汁に溶けるとイヤな感じになる。きもちわる~い。コロッケそばに対する違和感がどういうものか説明すると、いわゆる「エビフライ」を温かいかけそばに乗せるようなものだ。
怒らないで、とりあえず言い分を聞いてほしい
一説には全国3000万人とも言われている「コロッケそば」ファンを敵にまわしたくない。あわてて言い訳をさせてもらえるならば、わたしはコロッケにかぎらず、揚げ物をうどんやそばに直接乗せて供されるのがイヤなのだ。
わたしは、そばやうどんのトッピングを「別皿に分けてほしい派」だ。かけそばにかき揚げを「乗せて」差し出されるとキレそうになる。せっかくカラッと揚がっている衣がダシ汁に浸ってしまい「かき揚げ」が台無しになるからだ。天を呪う。許せない気持ちになる。
厳密に述べるならば、ダシ汁によってかき揚げが「ひたひた」になることはイヤではない。まずはじめに天ぷら特有の「サクッ」とした食感を味わいたいのだ。わたしがサクサクッと感じる権利をはじめから奪われたくないだけなのだ。わたしの憲法解釈によれば、日本国憲法25条1項における「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」いわゆる「生存権」のなかには「かき揚げをサクサクのまま食べる権利」が含まれる。
赤いパッケージでおなじみのインスタントカップ麺(緑のたぬき・どん兵衛など)を食べるときも、添付している「かき揚げ」の扱いには慎重にならざるをえない。まずは別皿にとり、そのまま三分の一ほどカリカリサクサク感を味わってから、ようやくダシ汁の中へ投入する。いかに「そばを食べきるまでにかき揚げがグズグズにならないタイミング」を見極めて投入するか、たかがインスタント麺といえども、毎食が真剣勝負なのだ。
ようするに、揚げ物における生殺与奪の権利を店側に握られたくない。だからトッピングの揚げ物は別皿で出してほしいと、わたしは考えている。(ざるそばのトッピングは別皿なのに、かけそばは別皿でないところが多い。麺類業界には猛省をうながしたい)
「食漫」の知られざる名作が電子書籍で復活!
土山しげる『男麺』に話をもどす。本書は、麺好きの池田免太郎が、うどんやラーメンなどの「麺類」にまつわるトラブルに遭遇して解決する1話読み切り形式の漫画だ。全6話を収録している。
一杯目 そば
二杯目 うどん
三杯目 盛岡冷麺&沖縄そば
四杯目 名古屋麺
五杯目 ラーメン
六杯目 焼きそば(『男麺』から引用)
単なるグルメ漫画ではなく「落語+グルメ」というテーマで筋立てがおこなわれている。「そば」を題材にした第1話では、趣味のマズイ手打ちそばを部下たちにふるまう上司の「そばハラスメント(そばハラ)」を、落語の「寝床」になぞらえて見事なオチをつけている。
もともとは集英社系の雑誌で不定期連載されていたものらしく、通常のコミック単行本は2011年に「プレイボーイコミックス」から発売された。数年を経て、品切れ重版未定(絶版)になっていたのだが、どういう事情なのか2015年にゴマブックスが電子書籍として復刊したようだ。
余談だが、最近このような事例が増えている。たとえば、東條仁という知る人ぞ知る漫画家が週刊ヤングジャンプで8年間連載していた『CUFFS ~傷だらけの地図~』(全32巻)や隠れた超傑作『合法都市』(全6巻)も、集英社ではなくゴマブックスが電子化して復刊している。ファンとしては喜ばしいかぎりで、電子書籍のメリットが明らかになった事例といえる。
(文:忌川タツヤ)
【文献紹介】
男麺
著者:土山しげる(著)
出版社:ゴマブックス
商社に勤める無類の麺好き、彼の名前は池田免太郎。通称イケメン。
トラブルや面倒な騒動は全て一杯の麺で解決。
食漫画の巨匠が放つ極上の麺ストーリー、旨すぎてご麺!