私が初めての本を出版したのは1989年、神戸に住んで4年がたった頃でした。周囲の方は口を揃えて、「一人前の作家になりたいのなら、東京へ転居した方がいい」と、勧めました。
出版社は東京に集中しているから、打ち合わせなどのことを考えると、大作家はともかく、新人作家は東京で暮らさなくてはというのです。「はぁ」と、答えつつも、私はずっと神戸に住み続けました。夫の勤め先が関西だったので、引っ越すことはできませんでしたし、神戸の暮らしに満足していたのです。
人は何を選ぶことができるのか?
東京に移っていたら、一人前になることができたのだろうかと考えてはみましたが、結局、「ま、考えても仕方がない」というのが結論です。どこで生まれ、どこで育ち、どこで暮らすか? それは自分で選ぶというより、何かの力でそこに置かれるという気がしてなりません。人が自分で選べることは、そう多くはないのです。
雷雨の夜に誕生した出版社
『My Room 天井から覗く世界のリアル』(ジョン・サックレー・著)は、ライツ社という出版社から出ています。兵庫県明石市に2016年の9月7日に設立されたばかりのまだ小さな会社です。今、このタイミングで、東京ではない土地で新しく会社を始めるのは大変な勇気を必要としたでしょう。
ライツ社のパンフレットにも、代表の挨拶として「この時代に出版社をつくるということは、雷雨の中を歩き出すようなものだとはわかってはいます」とあります。会社設立の夜、明石は雷雨に見舞われたのだそうです。確かになんだか象徴的です。
世界55カ国の1200人のベッドルーム、覗いてみたいでしょう?
私はふとした偶然でこの本を知り、手に取り、ページをめくりながら、まさに「雷に打たれた」ようになりました。世界55カ国、1200人のベッドルームを天井から撮すというアイディアも斬新ですし、何よりも驚くほど豊かな色彩に心を打たれました。世界はこんなにも激しく、切ない色に満ちていると、気づいていなかったのです。
著者はジョン・サックレーという名のフランス人です。著者というより、「My Room」プロジェクトの発起人であり、世界中を旅する人であり、勇気あるカメラマンだと言った方がいいでしょう。
多くの国を訪ね、様々な問題を抱えた人々の部屋に招き入れられるまで粘り、信用を得た後、天井にカメラを据え、撮影して、身の上話を聞くという一大プロジェクトをやってのけたのですから。