本・書籍
2019/1/31 21:00

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める、日本の、世界の、人類の「未来」について考える5冊

黙示録後の世界から見る現代社会の危うさ

三冊目は「この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた」(ルイス ダートネル・著、東郷 えりか・訳/河出書房新社・刊)である。本書は何らかの事情で(さながら「北斗の拳」の世界のように)技術・文化レベルが後退したポストアポカリプス的世界に取り残されてしまった人類が、どのようにかつての文明の利器や科学技術を取り戻してゆくかを模索した本である。こうして書くと何やらSFの読物のように聞こえるかもしれないが、本書にはドラマはない。あるのは純粋な思考実験と、真摯な検討作業である。

 

本書を読むと気づかされるのは、わたしたちは、余りに自分を取り巻くものに対して無知だということだ。我々人類はそれぞれ得意なことに特化して専業化し、社会全体でタスクを分担して文明を成立させた。その帰結として、パソコンがクラッシュしても自分では直せない(人が多い)というアンバランスな状況の中にわたしたちは暮らしているわけだが、本書を読むと、わたしたちが当たり前に使っているモノやサービスが高度な技術によって支えられているということに気づかされる。

 

本書はポストアポカリプス的未来世界を一種のたとえ話として置くことで、技術によって支えられた現代の危うさを教えてくれるのである。

 

 

 

アメリカの過去から日本の未来を読む

四冊目は「反ワクチン運動の真実: 死に至る選択」(ポール オフィット・著、ナカイ サヤカ・訳/地人書館)である。皆様は、反ワクチン運動をご存じだろうか。ある種のワクチンの副作用が重大であると主張してワクチン接種を拒む社会運動のことであるが、本書は1980年代にアメリカで巻き起こった百日咳ワクチンを巡る攻防をまとめた本である。

 

先に書いておく。百日咳ワクチンの副作用は反ワクチン運動で槍玉にあげられたほど重篤なものではなかった。結果論ではあるが、百日咳ワクチンへの反ワクチン運動は間違いだったのだ。

 

本書を読むと、ワクチンは自由主義と相性が悪いのではないかとすら思えてくる。ワクチンというのは、社会全体で免疫を高めることによって特定の病気の蔓延を防ぐ「集団免疫」という考え方によって支えられている。そのため、集団免疫を発動させるためには大多数の人々に接種しなければならないのだが、自由主義社会において「公共の利益」のために本人や家族の望まぬ治療行為を強いてもよいのか、という問題が出てくる。集団免疫と自由主義がぶつかる場面が出てきてしまうのである。

 

さて、この反ワクチン運動が現在日本でも大きな盛り上がりを見せている。本書で書かれているアメリカの過去は日本の現在、そして未来なのかもしれない。ここで紹介するゆえんである。

 

 

世界を深く知るために

最後の一冊は「未来を読む AIと格差は世界を滅ぼすか」(ジャレド・ダイアモンド、ユヴァル・ノア・ハラリ、リンダ・グラットン、ダニエル・コーエン、ニック・ボストロム、ウィリアム・J・ペリー、ネル・アーヴィン・ペインター 、ジョーン・C・ウィリアムズ・著、大野和基・訳/PHP研究所)である。本書は世界の知の巨人たちにインタビューをし、論客それぞれが抱える未来への問題意識を一冊の本にまとめたという非常に豪華な一冊である。

 

本書を読むと、毎日のように世界から飛び込んでくるニュースの意味をより深く知ることができ、その背後にある文脈の把握もできるだろう。今の世界を知るとともに、未来の世界の形をも占った、そんな一冊である。また、本書をきっかけに、それぞれの著者の本をたどってみるのもいいかもしれない。

 

 

 

さて、今回は読者の皆様にお詫びがある。今回、小説や漫画、戯曲といったフィクションを全く取り上げていないのだ。

 

GetNaviWeb編集部からは「人文書や科学書の他にも小説や漫画など、様々なジャンルの本を紹介してくださいね」とオーダーされているにも関わらず、である。なぜ取りあげなかったか。それは、未来に関する本をフィクションから選ぶのは無理だからだ。

 

ある思想家がものの本で「(SFを除いて)文学は過去を扱うものだ」と皮肉気に書いているが、いささか表層的なものの見方であろう。(如何に過去に材を取ったものであれ)フィクションの登場人物たちが、ピリオドの向こう側の未来を生きていくがゆえ、フィクションは過去・現在を飛び超えるものだと思っている。

 

賢明なる読者の皆様にはご理解いただけただろう。フィクションはフィクションである以上、必ず「未来」を扱う。ありていに言えば、わたしはあまりに膨大な「未来」を前に尻込みしてしまったのだ。

 

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「刀と算盤」(光文社)が絶賛発売中。

刀と算盤」(光文社・刊)

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