本・書籍
2019/8/3 19:30

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める、猛暑の夏を涼しくする「怪談・ホラー」5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回は「怪談・ホラー」をテーマに様々なジャンルから5冊を紹介してもらいました。

 

梅雨が明けて連日猛暑が続く夏が到来。そんな暑さを忘れさせる、背筋が冷たくなる一冊が必ずあるはずです。

 

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わたしにはあまり霊感がない。

 

日々粗忽に生きているといえばそれまでなのだが、霊的なるものをあまり信じてはいないし、安手のホテルに泊まった際、夜中突然天井から変な音が聞こえても「ああ、これが噂に聞くラップ音(実際は天井材の収縮した音)かあ、ムニャムニャ」と寝返りを打ってそのまま寝こけるくらいである。

 

けれど、それでも怖い話には惹かれるものがある。霊なんていない、そんなもの非科学的だ、そう声高に叫べば叫ぶだけ、死んだあと、己が無に帰するというこの世界の摂理を受け入れなくてはならない。

 

確かに信じちゃいないけど、もしかしてそこに何か救いはあるんじゃないか、そういう心性がどこかに働いているのかもしれない。まあ、そんな御大層な理由ではなく、ただ単にありえない状況に陥った状況を楽しもうという、エンタメ的な発想によるものなのかもしれない。

 

いずれにしても、今回の選書のテーマは夏らしく「ホラー、怪談」である。

 

 

静かな狂気と生きづらさがないまぜになった「恐怖」

まずご紹介するのはこちら。『むらさきのスカートの女』(今村夏子・著/朝日新聞出版・刊)、今期(第161回)芥川賞受賞作である。なぜ純文学作品を今回の選書テーマで紹介するのか? その理由を挙げていこう。

 

今村夏子という作家は日常にある不穏を描いてきた作家だとわたしは思っている。表面を浚っただけでは何の不思議もないけれど、少し目を凝らして見てみるとグロテスクな何かや生活に潜む歪みが顔を覗かせる。そんな作品群で読者の支持を集めている。

 

本作もその手法に変化はない。町のちょっとした有名人である変人“むらさきのスカートの女”を語り手が観察し続け、彼女の動向に関わっていくというのが本書のストーリーであるが、読み進めるうちに、(むらさきのスカートの女ではなく)語り手の常軌を逸した行動の数々が明らかになってゆく。最初こそ町の変人を追いかけているだけの暇人とばかり思っていたのに、気づけば“むらさきのスカートの女”よりも、むしろ語り手のほうが色々とヤバいのではないかと気付かされることになる。

 

さらに本書(というより今村作品)が興味深いのは、その懐の深さである。

 

芥川賞の選考において、この“むらさきのスカートの女”が果たして実在したのかという議論がなされたと耳になさった方も多いだろう。もしこの読みを採用したとすると……。それはそれでまた別種の恐怖がひたひたと迫って気はしないか。

 

静かな狂気と生きづらさがないまぜになった作品である。

 

 

読者の想像力を試してくる「一行」の怪

お次にご紹介するのは『一行怪談』(吉田悠軌・著/PHP研究所・刊)である。オカルトライターとして活躍している著者によるショートショート小説集で、名前の通り一つのお話がたった一行で構成されているところに特徴がある。

 

それにしても――。本書は読者の想像力を試してくる本である。

 

当然一行だから、読者側に与えられる情報は少ない(さらにいえば、タイトルもない)。だからこそ、読者の側の想像力が問われるのである。

 

だが、たった一行の地平を読み解いて現れる光景は、まさしくホラーそのものである。SF的なホラーから怪談、はたまた高い論理性でもって読者から逃げ場を奪うような話までなんでもござれである。

 

もちろん一気読みしてしまってもいいだろう。だが、夜、お風呂に入った後にでも一話分だけ読んで、一行の世界に飛び込むという読書法をお勧めする。たった一行に託された言葉の豊饒さ、そしてそこから立ち現れる様々な恐怖の形をじっくり楽しんでいただきたい。

 

 

人類滅亡という恐怖

お次は漫画から。『少女終末旅行(全6巻)』(つくみず・著/新潮社・刊)である。こちらも有名な漫画だが、ぜひとも紹介したい。

 

ホラーのサブジャンルにSFホラーがあり、その中の一つに「終末もの」がある。人類文明が滅ぶ、あるいは滅びゆく中で生きる人々の姿を描いたもので、小説でもしきりに描かれたモチーフであるし、もちろん漫画でも多々描かれてきた。ちなみにわたしの敬愛する藤子・F・不二雄先生もよく「終末もの」を描いておられ、『みどりの守り神』、『カンビュセスの籤』などの作品をものされている……閑話休題。

 

本作はそうした「終末もの」の最新をゆく漫画である。二人の少女が愛車のケッテンクラート(バイクとキャタピラ車を混ぜたような、ドイツの車両)に乗って終末を迎えようとしている人類社会の廃墟を旅しているお話なのだが、本書において、人間文明が消滅に向かう理由が明確に提示されることはない(もしかしてこういうことでは? という類推はできるが)。そして主人公である少女たちは、終末に至る人類の運命を受け入れながら、最後の時を刻んでいる。静寂が物語を包んでいるからこそ、人間という種の消滅という物悲しい恐怖が浮かび上がってくるのである。

 

 

夫婦生活の堕落を描くホラー

お次は古典作品から。『痴人の愛』(谷崎潤一郎・著/新潮社・刊)である。

 

電気技師をしている主人公が、美人の少女ナオミを見初めて身近に置き、やがて恋人となる。だが、やがてナオミが贅沢に溺れ、社交に目覚めるようになってから、生活ぶりが派手に、放逸になってゆき、ついには浮気までするようになり……、と、目を覆うような転落ぶりを見せる女とその女に絡め取られていく男を描いた作品である。

 

わたしが本書を読んだのは二十代、独身の時分のことだった。そのころには、悪女によって人生が狂わされた男の恐怖を描いたホラー作品として読んだのだが、結婚四年目、三十代になったわたしが読み直したところ、ずいぶんと印象が変わったのである。

 

確かにナオミは「悪女」に変貌してしまった。主人公はそれをナオミの資質に求めているのだが(この辺りの描きっぷりは現代的観点からは差別的であるが、古典作品ゆえのことゆえ目をつぶっていただきたい)、決してそうではない。ナオミを悪女に仕立て上げたのは、事実上の夫として傍にあった主人公の振る舞いにあったのである。

 

だとすると――。本書は悪女に人生を狂わされた男のホラーなどではありえない。

 

夫婦関係は向かい合わせの鏡のようなものである。妻は夫に、夫は妻に影響を受け、互いに少しずつ己の在り方を変容させ合ってしまうものだ。この作品は、不可逆な夫婦の関係の変化、そして破綻して堕ちてゆくまでを描いたホラーなのである。

 

 

ホラー映画的世界でのサバイバル術

最後にご紹介するのがこちら、『ホラー映画で殺されない方法』(セス・グレアム=スミス・著、ネイサン・フォックス・イラスト、入間 眞・訳/竹書房・刊)である。

 

ホラー映画的な世界に迷い込んでしまった読者に捧ぐサバイバルガイド、という体裁の本である。だが、実際のところ、本書はホラー映画の「あるある」「らしさ」、つまりはシーケンスを悪魔の辞典的に紹介したジョーク本である。

 

たとえば、ホラー映画世界で単独行動を取ろうとした奴は絶対に死ぬ、露出度の高い服を着た性に奔放な女性は死ぬ確率が高い、過去に碌でもない行ないをした者は絶対に死ぬ、といった話がジョーク交じりになされていく。時折どギツいネタが飛び出したりもするのだが、この辺りはジョーク本のお約束、怒るのではなく、やれやれ、トンデモないネタをぶっこんできやがった、と肩をすぼめるのが正しい嗜みである。

 

ホラーにしても怪談にしてもある種の物語であり、そこには物語った人の意図がある。つまるところ、ホラー、怪談もまた人の作為によるものなのだ。ホラーにハマりすぎて現実との境目が危うくなってきたあなたにお勧めする一冊である。

 

 

ホラーといえば、子どものころ、ある子供向けの怪談の本にこんな一節があった。

 

『人って、理由もなくふわっと死にたくなるものなんだよ。』

 

こんな一文であったと記憶しているが、今でもわたしはこの言葉に恐怖を覚えている。

 

しかし、何が怖いって、この本の書名をまったく思い出すことができない点である。これはホラー的恐怖というよりは、やや現実的な「加齢」の恐怖なのだけれども。

 

年1000冊の読書量を誇る作家が薦める、世の中の「嘘」に踊らされないための5冊

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作「奇説 無残絵条々」(文藝春秋)が絶賛発売中。

 

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