本・書籍
2020/1/15 21:30

紅白の氷川きよしにデヴィッド・ボウイを見た!――『デヴィッド・ボウイの生涯』

令和元年の紅白歌合戦。特に盛り上がらないまま終わるのかなと思い始めたところで、“YoshiKiss”の『ロックンロール・オールナイト』で期待感が報われた。これでかなり満足し、新しい年を迎える前にお風呂に入っちゃおうかと思って立ち上がった時、画面から目が離せなくなった。

 

KIYOSI HIKAWA:ザ・グラムロッカー

金のドラゴンにまたがって歌う氷川きよしさん。曲は「紅白限界突破スペシャルメドレー」。中学校2年生の時に見たKISSの武道館公演での地上数メートルせり上がり命綱なし演奏とか、ジョン・ボンジョビが『Livin’ on a prayer』のときに盛り込む宙乗りパフォーマンスとかいろいろなシーンがフラッシュバックした。でも、一番はっきりした形で思い浮かんだイメージは“グラムロック”だ。

 

ロックというジャンルの音楽は、さまざまなラベリングがついてまわる。それを踏まえ、令和元年の大みそかの夜の氷川きよしさんのパフォーマンスをひと言で形容するものとして、“グラムロック”ほどしっくりくるワードは他になかったはずだ。

 

 

グラムロックとは

グラムロックというのは1970年代前半のロンドンで流行したジャンルで、きらびやかでゴージャス、グラマラスなロックという意味だ。そのグラムロックのムーブメントをけん引していたのが、まだ30歳にもなっていなかったデヴィッド・ボウイだった。

 

とはいえ、当時まだ小学生だった筆者の記憶に、グラムロッカーとしてのボウイの姿が鮮明に残っているわけではない。アーティストとしての存在感をおくればせながら意識したのは1983年4月に発売された『レッツ・ダンス』というアルバムだ。ちなみにその翌月、ボウイが印象的な演技を見せた大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』も公開されている。

 

『レッツ・ダンス』をきっかけに過去のアルバムを聞き始めたことで、デヴィッド・ボウイがカルト的アーティストへと昇華していく過程を確認し、たとえば『Ashes to ashes』などなんとも形容しがたいテイストの数多くのPVを通し、グラムロッカー時代までさかのぼって、昔のボウイの姿を追体験したわけだ。

 

 

カメレオンみたいなロックアーティスト

デヴィッド・ボウイは孤高のグラムロッカーであり、独自のカルティズムを体現するアーティストでもあったが、クイーンと『Under Pressure』(1981年)そして、ミック・ジャガーとのデュエット曲『Dancing in the streets』(1985年)をはじめとするコラボ曲も多く手がけている。メインストリームに寄せた感が否めないようにも思えるのだが、その本質は自分なりの実験を重ねるためのものだったのかもしれない。あるいは、“カメレオン”という形容が多く使われたアーティストならではの自分の見せ方だったのかもしれない。

 

グラムロッカーとしてキャリアをスタートし、2016年1月10に亡くなるまでいろいろな姿を見せたデヴィッド・ボウイはどんな生き方をしたのか。淡々と事実を追いながら、行間に詰められた多くの熱いものを感じられるのが、『デヴィッド・ボウイの生涯』(金原義明・著/明鏡舎・刊)だ。

 

 

デヴィッド・ボウイを宗教としてとらえた人が書いた伝記

この本に込められた著者金原さんの想いと覚悟を示す次のような言葉を紹介しておきたい。

 

デヴィッド・ボウイを四〇年近く、宗教のように聴きつづけてきた。祈るかたわら布教活動にも精を出した。いつもまわりの人にデヴィッド・ボウイを勧めてきた。日本でボウイの名前があまり知られていないころから、友人たちの蒙を啓くべく、ボウイのレコードをカセットテープに録音しては聴かせ、まるでボウイ教のボランティアの広報係みたいだった。

『デヴィッド・ボウイの生涯』より引用

 

寝ても覚めても、という言い方がある。でも金原さんは、ボウイとの間にもっと濃密でもっとリアルなものを感じていたに違いない。ボウイの死を淡々と受け容れた金原さんは、「デヴィッド・ボウイとは何だったのか、わたしたちは彼から何を受け取るべきなのかということをについて考える」気持ちを固めた。そして、この本を手に取る人たちに次のような言葉を向ける。

 

ボウイが発するイメージやメッセージは複雑に屈折しているので、彼のすばらしさを理解できない人は世のなかに多いかもしれない。逆に、買いかぶりすぎている人も多いにちがいない。そのへんの誤解についても、といていければ、と願いつつ。

『デヴィッド・ボウイの生涯』より引用

 

力が抜けた感じだが、40年間近く、おそらく毎日空気と同じレベルでデヴィッド・ボウイと向かい合い、その存在をまとってきた人間だけが宿しえる、有無を言わさぬ圧が見え隠れする文章だと思うのだ。

 

 

総論としてのバイオグラフィー

バイオグラフィーでありながら、読み込んでいくうちに、デヴィッド・ボウイ総論ともいうべきものが浮かび上がってくる。意外だったのは、この本の基本的な性質である第一章「デヴィッド・ボウイの生涯」で触れられているエピソードだ。22歳のころ、ギター1本を抱えてイギリス国内のあちこちの大学のキャンパスを訪れ、ストリートライブのような形でフォークソングを歌っていたという。そして音楽活動と並行してパントマイムなど演技的表現にも興味を見せ始めたあたりから、音楽のテイストにもロック色が強まるようになる。

 

この本のコアとなる部分は第二章の「デヴィッド・ボウイの詞世界」と第三章「デヴィッド・ボウイの音楽」だ。二重三重の意味が込められた歌詞と、美しく創り上げた後にわざと壊したようなメロディーライン。こうした組み合わせが、デヴィッド・ボウイという人の世界観の礎なのだろう。

 

第四章「デヴィッド・ボウイの方法」に記された次の一文が、その存在について自ら語った最もわかりやすい言葉なのではないだろうか。

 

そのインタビューの中でボウイは、自分はミュージシャンであり、俳優でもあり、画家でもある。自分では自分のことをこうだと規定せず、「ゼネラリスト(一般職の人、万能選手)」と称しているのだと言っていた。

『デヴィッド・ボウイの生涯』より引用

 

カメレオンでは決してなかった。ゼネラリストだったのだ。変わろうと努めたのではなく、一定の姿であり続けることを拒んだのだ。そのあたりをしっかりと咀嚼するために、もう一度最初からじっくり読むことにしよう。一番好きなボウイの楽曲、『Time Will Crawl』(1987年)を何回も何回もかけながら。

 

【書籍紹介】

デヴィッド・ボウイの生涯

著者:金原義明
発行:明鏡舎

デヴィッド・ボウイ総論。至上のロックスター、デヴィッド・ボウイの人生、音楽、詞、方法論など、その全貌を明らかにする人物評論。遺作に込められたボウイのラストメッセージとは何か?

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