本・書籍
2020/5/15 21:45

映画と原作で『悪人』の余韻にじっくりと浸る

ステイホーム期間で家にいることが多いこのごろ。動画配信サービスNetflixの加入者も飛躍的に伸びているのだとか。ストレスを吹き飛ばせる元気な映画を観るのも良いけれど、個人的なおすすめは、時間がある今だからこそ味わえる、余韻を引きずる作品の視聴である。

 

 

余韻がズーンと来る映画の味わい

「余韻を引きずる」とはどういうものか。それは「これでよかったのだろうか」と、視聴後も考え込ませる作りになっているものだ。ヒーローもののように悪をやっつけめでたしめでたしとエンディングを迎えるものではない。だからこそ視聴者は「自分だったらどうだろう」などとあれこれ想像し、繰り返し映画の内容を思い浮かべてしまうものだ。

 

樹木希林さんの激演が光る映画

今回は考えさせられるという評判の『悪人』にトライしてみた。妻夫木 聡さんが金髪の悩み多き青年を熱演し話題となった作品である。そしてやはりズーンときて3日ほど引きずった。もちろん妻夫木さんも素晴らしかった。けれども私が引きずったのは祖母役である樹木希林さんの苦悩だった。そしてもっと深く知りたくなり、吉田修一さんが書かれた原作小説(朝日新聞出版・刊)を読んだ。

 

主人公である妻夫木さん演じる祐一は、殺人犯として警察に追われるようになり、逃げ続ける。逃げた彼の行方を追って、警察は祖母を訪ねる。そしてマスコミも同様に祖母を追い詰めていく。可愛がって育てた孫がそんなことをするはずがない。そう言い張りたいのに、孫は逃げてしまっていない。苦しみが襲いかかってくるうえに、世間の白い目が突き刺さる。

 

ひとりひとりに違う苦しみがある

この『悪人』には、さまざまな苦しみを抱いている人たちが登場する。原作は映画よりも登場人物が多く、心情がしっかりと描かれているため、かなり読み応えがあった。出会い系で知り合う男女の描きかたも、それぞれがそれぞれの闇を抱えてアクセスしたという事情がくっきりと浮かび上がり、寂しさにもいろいろな種類があるのだということに気づくことができる。

 

祖母の房枝は、夫の介護に加え、孫の祐一の世話もあった。祐一の母親は房枝に息子を託し、別の場所に行ってしまったからだ。再び子育てをしなくてはならなくなった彼女の息抜きは、近所の高齢者たちと集い、語らうことだった。彼女に悪いところなどないように映画は描いている。それなのになぜだろう樹木希林さんの表情は終始重苦しかった。

 

因果応報なのか違うのか

原作小説では、さらに彼女の苦しみが描きこまれている。夫と孫のためにひたすら米を毎朝晩炊いてきたということも。真面目に暮らしていたつもりだったし、悪人に育つこともないはずだった。それなのに世間を騒がすようなことが起きてしまった。彼女のショックは計り知れない。今までの毎日が否定されてしまったようなものだからだ。

 

映画では描かれなかった彼女の生い立ちも、そしてどうして祐一の母親が去って行ったのかも書かれている。小さな息子を置いて去っていくなんてひどい母親だ。けれど、そのひどい母親を育てたのは房江であり、殺人犯の疑いをかけられた祐一を育てたのも、房江なのだ。

 

懸命に生きてきたはずなのに彼女が背負ったのは途方もない重みだというのがつらくて、どうにかならないものかと、私はこの小説の世界に何日も浸っていた。この映画『悪人』は現在Amazonプライム、hulu、Netflixにて配信されている。ぜひ時間がある今こそ、映画も原作もじっくりお楽しみいただきたい。

 

【書籍紹介】

悪人

著者:吉田修一
発行:朝日新聞出版

なぜ、もっと早くに出会わなかったのだろう——九州地方に珍しく雪が降った夜、ひとりの土木作業員が、保険外交員の女性を殺害してしまう。そして、出会い系サイトで知り合った女性と逃避行に及ぶ。残された家族や友人たちの思い、そして、揺れ動く二人の純愛劇。一つの事件の背景にある、様々な関係者たちの感情を静謐な筆致で描いた渾身の傑作長編。

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