本・書籍
2020/6/3 21:45

目で聞くロックの歴史——『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』

新宿・歌舞伎町の中心部を背に区役所通りをJR新宿駅方向に歩いて行き、あと少しで靖国通りに出るあたりに、そのビルはある。そのビルの中に、ハードロック好きな人なら、朝まで一気に過ごしてしまうにちがいないバーがある。

 

 

特別な空気

筆者が大好きなバンドのポスターやグッズがあちこちに飾られているそのバーの空気は本当に居心地がいい。あらゆるバンドの、ありとあらゆる場所で開かれたありとあらゆるコンサートのDVDが揃えられていて、30分くらい座っているだけで気持ちが14歳の夏に戻った。

 

ところが今、パンデミックのために行けなくなってしまっている。大きな影響を受けているのは、もちろんこのバーだけではない。パフォーミングアーツ全体が瀕死の状態に追いやられている。あの特別な感じの空気の中に身を置きたい。何かできることはないか。何かしたい。でも、アクティブに動くこともできず、具体的なアイデアも浮かばないまま、ジリジリするだけの時間が過ぎている。

 

 

目で聞くプレイリスト

“バーチャル〇〇”という表現がある。ここで取り上げる本は、バーチャルロックバーと思っていただきたい。『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』(西川宏樹・著/KOMOREBI・刊)は、まえがきから引き込まれ、最後のページまで一気に走り切れる。ぼうっとした光に照らされた空気のなか漂うバーボンの香りとか、カウンターの端でエアギターやエアドラムに夢中な人たち、ノリにあらがいきれなくて、爆音と競うように大好きな曲のサビを叫ぶ人たちの姿がリアルに浮かぶ。まえがきの文章を通して、この本の性質を説明しておく。

 

本作『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』は新宿3丁目の『upset the apple cart』のマスター西川宏樹氏による名曲コラムと、店を愛する客たち(通称「同人」)によるコラムから成り、すべてのロック好きに向けたロックの読本です。本作では名曲コラムのうち、曲目AからJ開始の175本が収録されています。

『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』より引用

 

175曲並んだプレイリストを目で聞く。そんな趣の一冊ともいえるだろう。

 

 

飲み干すように読める曲紹介

これだけ多くの曲の解説本は、ともすれば中だるみみたいなものが出て、冗長になる部分があるにちがいない。そう思っていた。しかし、そうではなかった。それぞれの曲にからめてリリース当時に話題となった映画とか、人々の生き方・考え方、社会のありようなど、さまざまな要素が盛り込まれて、各項目がちょうどいい速度の文章で進んでいく。ちょっと2 、3曲かけてみよう。

 

『Born to be Wild』 STEPPEN WOLF

アメリカン・ニュー・シネマの名作『イージー・ライダー』の冒頭で使用されて以来半世紀、いまだにロックの中で特別の場所に座っている名曲である。その後プロ、アマに拘わらず世界中で数多くのバンドがコピーし、リメークし、演奏されたという意味と数では、きっといまや世界一のロックソングに違いない。いつかどこかで『ジョニー・B.グッド』を越えた瞬間があったのだと思われる。

              『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』より引用

 

 

『Did in a Minute』 Hall And Oates

愛の局面における、女性の敏捷性を見事に圧縮したような言葉である。加速が違う感じ。何うだうだ言ってんのよ馬鹿、早くこっちに来なさいという、女性の怒声が今にも聞こえてきそうだ。ちっとも痛くない力加減で耳をつままれている感じ。

               『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』より引用

 

『American Idiot』 Green Day

ブッシュ政権時代の容赦なく、非寛容的で、シンプルかつパラノイア的なアメリカを批判した一曲だが、このような直截な曲を聴くといつも考えさせられるのは、このような方法論では、自分の中にある、容赦なく、非寛容でシンプルかつパラノイア的というか、そのような何物かについての気づきとか内省のようなものを喚起しにくいのではないかといいうことである。

               『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』より引用

 

ヴィンテージ・ロックばかりではなく、ビルボードのチャートに載った誰でも知っている曲もカバーされている。バランスがよい流れで、ちょうどよい量の、口当たりのよいカクテルを次々と飲み干す感じで読み進めるのだ。

 

 

“委縮生活”の先に見えるもの

“同人コラム”というタイトルのvol.1からvol.10までの読み物がタイミングのよいアクセントになっている。『upset the apple cart』の常連の人々が綴った文章だ。一冊の本としての構成力が高いからかもしれないが、それぞれの文章がひとつにまとまり、最後に収録されているマスターのインタビューへつなぐ長いイントロの役割を果たしているような気がする。

 

巻末のインタビューで、『upset the apple cart』の店主である西川宏樹氏に「この本のメインコンテンツである曲紹介コラムを、どんな人にどうやって読んでほしいか」という質問が向けられる。答えは、以下の通りだ。

 

ロックを知らないやつにとって、ロックについての見取り図が得られればいいなと思ってる。勿論その見取り図は自分なりのものに修正されていいよ。

               『ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ』より引用

 

筆者は、この本に示された見取り図を自分なりに修正して刷り込んだ。『upset the apple cart』も新宿にあるのか。今の騒ぎが収まって委縮生活が終わったら、まずはロックバーのハシゴだな。

 

【書籍紹介】

ロックバー読本 すべての心若き野郎どもへ

著者:西川宏樹
発行:KOMOREBI

人生でロックバーを二度開いた狂人、西川宏樹が店主を務める『upset the apple-cart 』は新宿3丁目、雑居ビルの3階に現存する。1991年に前身の『Common Stock』を開業して以降、客がリクエストする多種多様なロックの爆音に包まれ、自身もその共創空間のナビゲーターとして新旧・ジャンルを問わず音楽を吸収し続けた。本著は、その店主が厳選した珠玉の名曲の紹介、20代から60代までの幅広い世代にわたる同人(店の仲間達)のコラム寄稿によるロック、愛、感動の塊である。全ロックファン必読の名著。

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