本・書籍
2020/9/18 10:29

あり得ないことを「ある」ように見せる描写力と疾走感に酔い痴れる。行成 薫の最新刊『KILLTASK』

2021年の新春、映画『名も無き世界のエンドロール』が全国ロードショーとの発表がありました。主演は、岩田剛典、新田真剣佑、山田杏奈の3人です。今から楽しみにしている方も多いでしょう。

 

原作は行成 薫。彼のデビュー作品です。衝撃の結末が待っている映画だといいますので、このコラムでは行成 薫の最近作『KILLTASK』(KADOKAWA・刊)を取り上げることにします。

 

行成 薫の最新作

行成 薫は、1979年に生まれ、2012年、映画の原作となった『名も無き世界のエンドロール』(最初の原題は『マチルダ』だったそうです)で、第25回すばる新人賞に選ばれました。自ら語っているように、受賞は思いがけないものでした。働きながら書いた小説を応募したところ、新人賞を受賞し、そのまま小説家デビューを果たします。

 

受賞後も次々と作品を発表し、最新作であるこの『KILLTASK』では、著者特有のテンポの良さと台詞回しで物語をぐいぐい進めていきます。

 

殺し屋とのお食事会

冒頭から、読者は激しいシーンに巻き込まれます。いきなり死刑執行の場面から始まるのです。唖然としつつも、「何? どうなってるの?」と引き込まれ、気づいたときは「殺人」という行為がごく普通に行われていると感じている自分に驚きます。殺人を職業とする若者がいることについても、「こういうこともあるかもしれない」と妙に納得してしまうのです。

 

小説の中とはいえ、普段の生活では考えられないことを現実に起こっていることとして認めてしまうのが不思議です。小説の醍醐味とはこういうところにあるのでしょう。あり得ないことを「ある」ことに、ねじ伏せるように変えてしまうのですから。

 

主人公の「僕」は殺し屋の見習いです。辰巳という名の「殺し屋」に従いながら、殺しの修行をしています。辰巳は30代半ば、鍛えられた体を黒づくめの服で包み、白昼でも堂々と人を殺すことができます。高価そうな時計をはめ、手首には蛇のタトゥーと、殺し屋にしては目立ちすぎるのではないかと言いたくなるような外見をしています。

 

殺人の後、辰巳は「僕」を伴い、食事に行きます。行く先は、雑居ビルの地下にあるレストラン「ノーバディ・ノウズ」。

 

ところで、人を殺したことがある人に会った人は少ないでしょう。私も多分、ないと思います。それなのに、辰巳の人物設定には深く頷いていました。殺し屋だったら、きっと、仕事が終わった後にしゃれた隠れ家的なレストランでこんな風に肉を食べるに違いないと思います。殺しの度にいちいち吐きそうになっていては、生きていけないでしょう。

 

もっとも、「僕」は違います。まだ見習いで、人を殺すという行為に慣れていません。派手に肉をほおばる辰巳の傍らで、ちょびちょびとビールを飲むのがやっとです。

 

もう一人の登場人物

行成 薫は、妙に細かい描写を重ねながら、食事前に片付けてきた殺人にリアリティを持たせていきます。そのため、読者は殺し屋と一緒に食事をしているような錯覚に陥り、同時に殺人の興奮にまきこまれていくのです。

 

辰巳の他にもう一人殺し屋が登場します。「伊野尾」という人物で、辰巳とは真逆の人間です。白に近い色に染めた金髪に、ゆったりとした白のカットソーとカーキ色のパンツを身にまとった姿で登場します。美しい肌に、ギリシャ彫刻のような彫りの深い顔立ちの美男子。

 

普段の私なら「そんなヒト、いるわけないでしょ?」と疑うところです。けれども、『KILLTASK』の中でなら、それは十分にあり得ることです。対照的な二人の殺し屋、黒い辰巳と白い伊野尾が確かにそこにいると感じるのです。二人の真ん中には殺し屋見習いの「僕」がいて、3人が私の目の前でしっかりと像を結びます。

 

主人公の「僕」

殺し屋見習いになる前、「僕」は平凡な生活を送る一人の青年でした。ところが、家族を皆殺しにされ、その罪を着せられそうになるという惨憺たる経験をします。そんな「僕」を救ってくれたのが、二人の殺し屋でした。

 

まるでゲームのように淡々と殺人をこなしていく彼らのもとで、「僕」は狙撃手としての才能を開花させていきます。

 

「僕」はヒトを殺したいと思って生きているわけではありません。しかし、そうするしか生きていけないのです。さらには、殺された家族にも秘密があったことを偶然に知ってしまいます。その時から、物語は思いがけない展開を見せ始めます。

 

もっとも、秘密のない家族などないでしょう。誰もがふとしたきっかけで、家族もろとも奈落の底に落ちていきます。「僕」も気づいたときは、家族を失い、殺し屋として腕を磨くしか生き残る術がない、そんな状態に陥っていたのです。それがいいことか悪いことか考えるより先に、体に叩き込まれた教えが「僕」を動かします。

 

〜〜〜狙うのは、脳天か、心臓。
〜〜〜必ず、一発で仕留めろ。

 

生きるか死ぬかの戦いの最中にあって、善悪の判断をしている余裕はありません。

 

結末まで気が抜けない!

結末に向かってぐいぐい進む物語。それも人がバタバタと死んでいく状況に、時に「ちょっと、待って。お願いだから、もう少し穏やかに、ゆっくり進んでよ」と、すがりつきたくなるときもありました。けれども、著者は静かに言い放ちます。

 

生きるか死ぬか、どっちがいい?

(『KILLTASK』より抜粋)

 

こう聞かれたら、ほとんどの人が「生きる方がいい。たとえ顔を変えてでも、どこの誰かわからなくなろうとも、生きていたい」と、答えるのではないでしょうか?

 

この小説もエンディングまで引っ張られる物語なので、ネタバレしないようにこれ以上書くことは遠慮します。この物語も映画化して欲しいと願いつつ、私のタスクはここで終わりといたしましょう。

 

【書籍紹介】

KILLTASK

著者:行成 薫
発行:KADOKAWA

殺し屋見習いとして生きることになった「僕」。平凡な人生を送っていたが、家族を皆殺しにされ、その罪を着せられそうになったところを2人の殺し屋「天使」と「悪魔」に拾われたのだ。淡々と殺人案件をこなしていく2人の下、狙撃手としての技能を磨く僕は、偶然ある事実を知る。殺された家族に残された、犯人の刻印。それは「天使」がターゲットに残す図形と全く同じものだったー。

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