どうしても苦手なタイプの人は、誰にもいるものだ。なぜ苦手なのか。具体的な理由はすぐに思い当たるだろうし、自分の尺度を基にパターン化することもできるだろう。
嫌いな人のパターン見本
『私の嫌いな10の人びと』(中島義道・著/新潮社・刊)では、著者の中島義道さんが嫌いな人びとの10パターンが紹介される。ただ、最初に目次を見た時は「え? なんで?」という気持ちを抱く人が多いと思う。
1. 笑顔の絶えない人
2. 常に感謝の気持ちを忘れない人
3. みんなの喜ぶ顔が見たい人
4. いつも前向きに生きている人
5. 自分の仕事に「誇り」を持っている人
6. 「けじめ」を大切にする人
7. けんかが起こるとすぐ止めようとする人
8. 物事をはっきり言わない人
9. 「おれ、バカだから」と言う人
10.「わが人生に悔いはない」と思っている人
どれも致命的な嫌われ要素には感じられない。でも、違うのだ。表面的にはむしろ無邪気で性善的な人こそ、実は受け入れがたい毒を抱いているのかもしれない。詳しく見ていこう。
感情をコントロールしながら浮かべる笑顔
中島さんが世の中を見る視点は独特だ。いかにも世間に歓迎されそうなタイプの人たちは、どのような理由で、どのような毒を原因に「嫌いな人々」として中島さんの目に映るのか。哲学者である中島さんの言葉は的確で、そして辛らつだ。
たとえば「笑顔の絶えない人」。中島さんは「自分の感情とは完全に切り離し、笑うべきだから、それと知って笑おうとしている」から笑っているのだという。そして、若く美しい女性が浮かべるこの種の笑いが特に歓迎される理由を以下のように語っている。
それがたとえけなげで美しいとしても、彼女はなぜそういう笑いをまとうのか。周りの人間が望んでいるからです。そうすると、好かれるからであり、そのことを知って彼女は自分の感情をコントロールしているのです。
『私の嫌いな10の人々』より引用
“彼女”がそうする理由について、中島さんは「この国では個人のむき出しの感情が嫌われるから」と指摘する。悲しい時に涙を流したり、暗い気持ちのときに暗い表情を見せたりすることは、少なくとも日本では事実上禁じられているのだ。そうすべきだと考えている人が大多数を占めている、と言ったほうが現実に近いだろうか。だから、「自分のマイナスの感情をそのまま表現するのは、失礼なのであり、社会的に未熟な」行いと映ることになる。
感謝の気持ちと“人間性指数”
常に感謝の気持ちを忘れない。ごく普通に考えれば、これも決して後ろ向きな姿勢ではないはずだ。でも、中島さんは一歩踏み込む。
感謝の気持ちを忘れないことはもちろん大切なことです。でも、おうおうにして現代日本では、これを知能指数ならぬ「人間性指数」とみなし、すべての人に高飛車に強制し、これが欠如している者、希薄な者を欠陥人間とみなす風潮がある。
『私の嫌いな10の人々』より引用
言い過ぎだと感じる人。その通りだと思う人。どちらが多いだろうか。この本の本質は中島さんの独自の極論の羅列と、その定義や解説かもしれない。ただ、中島さんの視線を通して浮かび上がる“嫌い”という感情の理由づけをしっかり咀嚼しながら読み進めると、核となる正論が誰の目にも映り始める。
理想論がもたらす息苦しさ
誰かの「こうあるべきだろう」という勝手な思い込みによって押し付けられる理想論の息苦しさみたいなものを感じることはないだろうか。これについて、筆者には具体的な思い出がある。“みんなの喜ぶ顔が見たい人”の項を読んだ時、小学校高学年の頃に体験したとあるシーンを思い浮かべた。
叔父の家で祖母の誕生日会をした時だ。母たちからのプレゼントに、祖母は涙を流して喜んでいた。それを見た母は、即座に「ほら、大丈夫だよって言ってあげないと」と筆者に耳打ちした。祖母を思いやる心優しい孫息子による微笑ましいシーンを演出したかったのかもしれない。ちょっと違うなと感じつつも、子どもながらにその場の空気を壊さないほうがいいと判断した筆者は、精一杯の優しさを込めて「大丈夫だよ」と祖母に言った。ただその響きは、自分でもびっくりするほど無機質で事務的だった。
あとがきにも、中島さんが嫌いなタイプの人に関する説明が示されている。
感受性において、思考において怠惰であって、勤勉でない人、「そんなこと考えたこともない」とか「そういう感じ方もあるんですねえ」と言って平然としている人、他人の感受性を漠然と自分と同じようなものと決め込んで、それに何の疑いももっていない人、他人が何を望んでいるか正確に見きわめずに、「こうだ」と思い込んでしまう人です。
『私の嫌いな10の人々』より引用
さらに最後の最後に、中島さんが嫌いな100の言葉がずらっと並べられている。10個だけ紹介しておく。
希望、如才ない、和気あいあい、平穏無事、らしさ、家族、誇り、協調性、みんな、堅実……。
やはり、いかにも無毒に感じられるものこそ、救いようがない毒をはらんでいるのだろう。
【書籍紹介】
私の嫌いな10の人々
著者:中島義道
発行:新潮社
「笑顔の絶えない人」「みんなの喜ぶ顔が見たい人」…そんな「いい人」に出会うと、不愉快でたまらない!共通するのは、自分の頭で考えず、世間の考え方に無批判に従う怠惰な姿勢だ。多数派の価値観を振りかざし、少数派の感受性を踏みにじる鈍感さだ。そんなすべてが嫌なのだ!「戦う哲学者」中島義道が10のタイプの「善人」をバッサリと斬る。日本的常識への勇気ある抗議の書。