本・書籍
2020/10/10 17:30

「浮世絵師列伝」から「最後の秘境 東京藝大」まで歴史小説家が選ぶ「芸術を深く知るための」5冊

毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「芸術を読む」。デビュー作より絵師小説の新境地を開拓してきた(新作『絵ことば又兵衛』も発売中)谷津さんが選ぶ「芸術を深く知るための5冊」とは?

 

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芸術の秋がやってきた。作家になってからというもの、諸般の事情でこの時期は色々と忙しい。諸般の事情とは何か。

 

この選書でわたしのことを知った人は「本をむやみに読んでいるおじさん」と思っておいでであろうが(そしてわたし自身、そうした称号がほしいクチである)、 わたしこと谷津矢車はデビュー作(『洛中洛外画狂伝 狩野永徳』)で絵師の狩野永徳を書いて以来、芸術家を主人公にした歴史小説を数多く書いており、秋になると、美術館の展示に合わせて旧作の紹介に勤しんでいる次第である。

 

そして今年は、戦国から江戸期にかけての絵師・岩佐又兵衛を主人公にした『絵ことば又兵衛』を単行本で、2017年に単行本で刊行した『おもちゃ絵芳藤』を文庫で刊行する運びになっており、さらにそうした地道な活動に拍車がかかっているのである……。

 

と、思い切りダイマをかましてしまったが、今回の選書も芸術の秋に関わっている。というわけで、今回は芸術家小説そのもの、あるいは芸術家小説を読むに当たって参考になる書籍が選書テーマである。

 

まさに「知識ゼロ」からの入門書

まずご紹介したいのは『知識ゼロからの日本絵画入門』(安河内眞美 幻冬舎)である。

 

『開運! なんでも鑑定団』でもおなじみの著者による日本絵画の入門書である。本書に謳われた『知識ゼロからの』の看板に偽りはない。美術や歴史の教科書に出てくる有名な絵師・日本画家たちの人生や画風、後世への影響などが要領よくまとまっている。実を言うと、わたしも美術館に行くときに必ず持って行き、「ふむふむ、この人はこの絵師さんの弟子なのか」などと確認しながら絵を拝見しているくらいである。日本画は様々な流派や流れが存在するため、とっかかりがないと親しむのも難しいのではないだろうか。そうした意味では本書は間口の広さ、平易さ、どれを取っても最初の一冊に持ってこいである。なお、このシリーズには『西洋絵画入門』も存在し、こちらも興味がある方はチェックしてみていただきたい。

 

浮世絵を知るための水先案内人

お次に紹介するのはこちら。『浮世絵師列伝』(小林 忠・監修/平凡社・刊)である。本書は先に日本画家のうちの浮世絵師にフォーカスを当て、ややマニアックな人物までも網羅した一冊である。

 

菱川師宣から明治期の浮世絵までを一望でき、浮世絵の作業工程や鑑賞法のコラムも充実している。また、全ページカラーで、図版も数多く収録されている。もし、あなたが浮世絵師に興味があり、『知識ゼロから~』を読んでさらに深く知りたいと思われたなら、手に取って損のない書籍である。むしろ積極的に手に取っていただきたい。ただ、本書はいわゆる大判本であり、美術展などに持って行くにはやや重い点、古い本なので入手に難があるなどの点での問題はあるが、どこかでお見かけの際には是非手に取っていただきたい。また、美術を飛び出して、ある種のポップアートとしての浮世絵が取り上げられるようになってしばらく経った。もしかすると、現代のわたしたちに必要な教養の一つに浮世絵があるのかも知れない。その水先案内にもってこいの一冊とも言えよう。

 

古代から近世までの日本の「音楽史」をさらう

お次は少し趣向を変える。『図解 日本音楽史 増補改訂版』(田中健次・著/東京堂出版・刊)である。

 

本書は古代から培われ、多様な展開を見せた日本の音楽史を俯瞰した本である。東アジアで育った音楽が日本に流入、受容されたのち様々な展開を見せ、時に混交や交流、新楽器との出会いを経て変化し続けた近世までの日本音楽史が一冊にまとまっている。

 

恥ずかしながらわたしは流派としての「○○節」「××節」といったものがよく分かっていなかったのだが、本書と出会ったことで、どういう経緯でさまざまな「節」が成立し、分派していったのか、大まかな図を描くことができるようになった。

 

本書は日本の音楽を巡る歴史を浚った本であるため、もちろん芸術家小説を読む際の参考書籍となりえるが、それ以前に、歴史小説、時代小説を読む際にもヒントになる一冊かも知れない。歴史・時代小説を読んでいると、音楽を扱う場面が存外に多い。歴史・時代小説の奥行きを味わいたいあなたにも。

 

東京藝大という秘境

お次にご紹介するのはノンフィクションから。『最後の秘境 東京藝大』(二宮敦人・著/新潮社・刊)である。執筆当時奥様が現役藝大生だった人気作家の著者が、奥様の背中の向こうに見える謎の芸術家空間・東京藝術大学のリアルを描いた本である。

 

東京藝術大学という大学が存在することはご存じの方も多いだろう。東京の上野の近辺にあることも、なんかすごそうな芸術を爆発させていそうなのも、イメージとしてご存じな方もいらっしゃることだろう。だが、実態を何も知らない。そんな思考の間隙を埋めてくれる書籍が本書である。

 

本書に登場する人々はやはり想像の通りのエキセントリックぶりを誇っている。本書の美点は、ただそれを列挙するだけにとどまらず、彼/彼女が一般の尺を当てはめてしまえば変人というレッテルを貼らざるを得ないその行動の根源にあるものに迫ろうとしているところである。

 

多くの方は、自分を枠にはめて生きている。それはそうだ。枠はわたしたちを守る鎧でもあるからだ。だが、彼/彼女らは自らその鎧を脱ぎ捨て、一本独鈷で戦っている。一体彼/彼女が何と戦っているのか。そしてどこに行こうというのか。それは是非、本書をめくって見届けていただきたい。

 

水墨画×青春=芸術家小説の新境地!

最後は昨年の芸術家小説の成果作をご紹介しよう。『線は、僕を描く』(砥上裕將・著/講談社・刊)である。本書は2020年本屋大賞にもノミネートしており、作品の力は折り紙付きであるが、あえてここで紹介したい。

 

本書は大学生である主人公の青山霜介がたまたま入った展覧会で日本画の巨匠である篠田湖山に見初められ、内弟子となるところから始まる。そして霜介はそれから水墨画を学ぶことになり、兄弟子、姉弟子にもまれて筆を握るようになるのだが――。

 

取り合わせが清新である。本書の基底には青春小説が根を張っている。青春小説と言えば動的なもの(たとえばスポーツとか)と掛け合わせるのが常道なのだが、本書は一見すると静的である水墨画をそのモチーフに選んだわけだ。だが、本書を読むと、静的であるはずの水墨画のシーンが、驚くほどの熱気と緊張感に満ちていることにお気づきになるだろう。心の動きや有り様を描くのに秀でた小説というメディアならではの演出により、花を描く、姉弟子と絵を競う、ただそれだけのシーンが息詰まるほどの迫真に満ちているのである。

 

本書は是非、水墨画をご覧になってから手に取っていただきたい。優れた青春小説にして、水墨画という芸術家小説の新境地を開いた一冊である。

 

 

この稿を書きながら、芸術家の良さとはなにか、という問いに襲われた。

 

いろいろあるかも知れない。数百年にわたって残るものを作り上げた才能に惹かれているのだろうか。それとも、エキセントリックな人物像にキャラクター的な楽しみを見いだしているのだろうか。否、どちらも違うと思う。皆さんがご存じないだけで、芸術作品とラベリングされたものの多くは誰の目にもとまらず消えていき、作者も忘れ去られる。また、芸術家とされる人たちの中にも常識人はたくさんいる。

 

思うに、芸術家の魅力とは、「なんか作っちまったこと」、それに尽きるのだとわたしは思う。

 

評価されるかどうかは分からない。

正解なんてない。

己を突き詰めたとて、それが受け入れられるわけではない。

 

だが、それでも、芸術家たちは現在進行形で「作っちまう」ものであり、彼/彼女らの後ろには「作っちまった」ものが山をなしているのである。その名状しがたき謎のパワーにこそ、わたしたち一般人の頭を垂れさせる秘密が隠されているのかもしれない。

 

それはそうと、戦国から江戸を生きた奇想の絵師・岩佐又兵衛を描いた『絵ことば又兵衛』、江戸から明治にかけての浮世絵師事情を描いた『おもちゃ絵芳藤』文庫版、発売中ですのでなにとぞ。

 

 

【プロフィール】

谷津矢車(やつ・やぐるま)

1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は『絵ことば又兵衛』(文藝春秋)