書評家・卯月鮎が選りすぐった最近刊行の新書をナビゲート。「こんな世界があったとは!?」「これを知って世界が広がった!」。そんな知的好奇心が満たされ、心が弾む1冊を紹介します。
ネギは優秀な脇役と思いきや……
みなさん、こんにちは。書評家をしています卯月鮎です。野菜室にネギがあるのとないのとでは大違いですよね。私はスキあらば何にでもネギをかけてしまうネギ人間です。納豆、味噌汁、カリッと焼いた厚揚げ、買ってきたタコ焼き、おでん、たらこスパ……。とりあえず料理が白緑に染まっていたら幸せ(笑)。
とはいえ、やはりネギは脇役というイメージが強いですよね。刑事ドラマなら、主人公を陰で見守るベテラン刑事といったところ。
しかし、今回の新書、清水 寅『なぜネギ1本が1万円で売れるのか?』(講談社+α新書)はネギが主役です。スーパーだと1本50円ほどのネギがなんと1万円! 果たしてどんなネギなんでしょうか? そこにはどのような秘密があるのでしょうか?
著者の清水寅さんは、消費者金融の会社で営業トップとなるも、30歳のときにストレスで病気を発症し農業の道に入ったという脱サラ組。持ち前の負けん気で新規就農2年目でのネギ栽培面積日本一を達成しました。その後、株式会社「ねぎびとカンパニー」を立ち上げ、自ら「初代葱師」を名乗り、ネギ関連のビジネスを次々に展開しています。
1本1万円のネギとは、贈答用にも使われる「モナリザ」というブランド。清水さんが生産する200万本のネギのうち、たった10本、びっくりするほど太くて美しい芸術品のようなネギが「モナリザ」に該当します。
実は、こうした高い値付けをすることで、残りの200万本のネギも相対的に価値が上がるという計算もあるとか。普及版の「寅ちゃんネギ」は2本298円。1本1万円と聞いたあとでは安く感じますよね(笑)。自社のネギのブランド価値を高めるさまざまな戦略もこの新書には詳しく書かれています。ビジネス書としても参考になる内容です。
ネギを美味しく栽培するには?
地元の蕎麦屋を攻略し、ミシュランガイドを頼りに銀座のレストランに飛び込み営業をかけ、そして東京のスーパーに進出……。そんな第2章のネギ成り上がりストーリーもワクワクしましたが、農業の素人としては、著者が編み出した栽培の工夫が明かされる第3章も興味深かったです。
ネギが病気にかからないようにするためには雑草対策が一番のテーマ。「土寄せ」というネギの根に土をかける作業を繊細に行い、その際に雑草にも土をかぶせ光合成を封じ退治していく。
肥料はいろいろ試した結果、ネギの顔色を見ながら動物性7割、植物性3割の有機肥料を使う。さらに贈答用のネギを栽培する畑には高価な甘味料ステビアを入れて土壌の微生物を活性化させ、栄養素を増やす……。日々の試行錯誤を経て、おいしいネギが生まれてくるわけです。
「ねぎびとカンパニー」を、特定の分野に強く、革新的チャレンジをしていくダイソンのような会社にしたいという著者。ネギにかけるまっすぐな想いと情熱、それとは対照的なネギを売るためのしたたかなマーケティング戦略。農業×ビジネスの2方向からの視点が、この新書を読後満足度の高いものにしています。ネギも十分に主役になれる器! 今日の晩ご飯のメインはネギでいきますか。
【書籍紹介】
なぜネギ1本が1万円で売れるのか?
著者:清水寅
発行:講談社
失敗に次ぐ失敗、それでも僕たちは、ネギ界のダイソンを目指す! ミシュラン星付きのシェフは唸り、スーパーのバイヤーたちは喜び、大手種苗会社の営業担当者は膝を打つ。「ブランド創り」「マーケティング」「営業の肝」「働き方」……、常に革新を求める彼のネギにはビジネスのすべてが詰まっている!!
風雲児による、おもしろすぎる経営論。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。