本・書籍
2020/11/17 6:30

「ビミョー」と「微妙」。英語でどう言い分ける?−−『この日本語バリバリ英語にしにくいバイ!』

最近、とあるYouTubeのコンテンツに関わり、英語字幕をつける作業をしている。それを通して感じるのは、ごく普通に使っている日本語をそのままのニュアンスで英語に置き換えることの難しさだ。

 

トランスレーションではなくローカライゼーション

翻訳を意味する言葉として、“トランスレーション”よりも“ローカライゼーション”が使われる機会のほうが多くなっているのではないだろうか。横の文章を縦にしたり、縦の文章を横にしたりという単純な話ではない。ローカライゼーションとは、文章を読んだり音声を聞いたりする人たちが具体的なイメージを脳裏に思い浮かべられるようにするプロセスにほかならない。

 

よく“生きた英語”というけれど、その語感を自分の中に取り込んで体現していくためにはどうしたらいいのだろうか。筆者はその手がかりを得るためにニュース番組やドラマを見て、さまざまな年代の人たちのインタビューを聞くことを意識している。アナウンサーとプロスポーツ選手のボキャブラリーは違うし、20代の人たちと70代の人たちの言い回しは異なって当然だからだ。

 

「ビミョー」と「微妙」

ローカライゼーションの本質とは、異なる言語のそれぞれのイメージを結び付けることかもしれない。こうした試みをする上でとても役に立ちそうな本を見つけた。『この日本語バリバリ英語にしにくいバイ!』(アン・クレシーニ・著/アルク・刊)は、福岡在住のアメリカ人言語学者クレシーニさんが日本語ならではのニュアンスの表現を英語にローカライズすることをテーマにした一冊だ。

 

“「ビミョー」は英語にどう訳す?”というサブタイトルがつけられている。これを見て思ったのは、たとえば女子高生が使う「ビミョー」と筆者の年代の人々が使う「微妙」にも若干の差があるということだ。この本は、そのあたりの感覚を文字化することにも成功している。

「ビミョー」は“I’m not really sure, but…”という言い方で始め、「微妙」は“subtle”という単語を使うのが最も近いようだ。ただし、” There is something different about it”という言い方が一番しっくりくる場合もある。

 

言葉と文化のつながり

「はじめに」の文章の最初の部分を読んでみよう。

 

私には好きな日本語がたくさんあります。意味が好きな言葉と音が好きな言葉がありますが、意味が好きなものを1つ挙げるなら、「癒やされる」です。この言葉に当てはまる英語はありません。「自然に癒される」という日本語に含まれる感情を、英語で表現するのは本当に難しいんです。

  『この日本語バリバリ英語にしにくいバイ!』より引用

 

「癒やされる」なら「Healing」でよさそうだけれど、そこで止まってしまってはごく単純な形の“翻訳”であり、“ローカライゼーション”では決してない。言葉に含まれる感情をイメージできるところまで達していないからだ。完全にイコールの関係になる英語と日本語のペアを作るのはとても難しい。なぜなのか。

 

その理由は、「言葉と文化はつながっている」ということが大きいと思います。例えば、日本は曖昧さを大事にする国で、その曖昧さを表す言葉は当然多くなります。

 『この日本語バリバリ英語にしにくいバイ!』より引用

 

前々から気づいてはいたことだけれど、こんな風に文字を切り口にして見せられると、改めて考えさせられることが多い。たとえば、第1章で展開される「さすが」という言葉に関する考察を読んだだけでも、いい意味でお腹いっぱいな感じになる。

 

イメージを重ね合わせる

外国出身の、日本語運用能力がきわめて高い人にとっての日本語のイメージについて書かれた本書には、まさにサブタイトル通り意味も語感もビミョーな表現が数多くリストされている。16章立てで進む“クレシーニ・ワールド”の引き出しはとても多く、さまざまな表現を起点にイメージが大きく膨らんでいく。こうしたイメージに盛り込まれたクレシーニさんの日常的なシーンに、読者が投影する日常的なシーンが重なり合っていく。これがローカライゼーションの実践的なプロセスなのだろう。

 

「ビミョー」「いただきます」「失礼します」「さすが」「飲み会」「なんとなく」―日本人が毎日ごく普通に使っている言葉をテーマに綴られていく文章はテンポがよく、あっという間に読み進んでしまう。ところどころにちりばめられた言語学な知見も、とても魅力的だ。

 

具体的な映像を思い浮かべるための方法論

本書の核となる部分は、外国語を学ぶ上でのビジュアライゼーション(脳裏に具体的な映像を思い浮かべること)の有益性だと思う。言葉の意味論は文字に頼りがちになって当然だ。それを踏まえた上で、本書の隠れテーマはビジュアライゼーションであると言っておきたい。

 

小学校で外国語学習が必修科目となる時代はすでに始まっている。器は据えられたので、あとは盛り込んでいくものについて考えなければならない。文法とか発音とかの各論の前に、土台としてのローカライゼーションの概念とか、それをスムーズに行っていくためのビジュアライゼーションの実践とか、試行錯誤の中でそういったものと真剣に取り組んでいくべき時期が来ているのではないだろうか。

 

 

【書籍紹介】

 

この日本語バリバリ英語にしにくいバイ!

著者:アン・クレシーニ
発行:アルク

日本語の世界は奥が深い! 英語と文化が異なる言葉をあえて英語にするとどうなる? 言語学者のアンちゃんが「微妙」「さすが!」「きずな」といった日本語特有のニュアンスを英語でどう表現するかを提案します。

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