本・書籍
2021/5/5 6:30

大滝詠一とナイアガラ・サウンドと日本のポップス史と——『「ヒットソング」の作り方』

2021年は、筆者にとって特別な意味を持つ年だ。あの『ベストヒットUSA』の地上波版の放送が始まったのも、大滝詠一さんの歴史的なアルバム『A Long Vacation』がリリースされたのも1981年。そう。今年は、筆者の音楽観を決定づけたきわめて大きなふたつの出来事の40周年なのだ。

立ち止まってしまった1曲

中学2年の時、KISSに心をつかまれ、その後、Led ZeppelinやDeep Purpleを聞き込み、徐々に英米のヒットチャートに興味を持つようになった。当時FEN(現在のAFN)で毎週土曜日の午後放送していた『アメリカン・トップ40』のランキングはノートに記録していた。そんなことが数年間続いたタイミングで『ベストヒットUSA』の放送が始まったわけだ。

 

そして、大学に入ってしばらく経ったある日。キャンパスの近くの書店で立ち読みをしていた時、ピアノとギターとストリングスから成る、聞いたこともないような美しいイントロが聞こえてきた。男性ボーカルの声の響きも曲の展開も信じられないくらいよくて、読んでいた本を手にしたままそのまま立ち尽くし、聞き入った。『恋するカレン』との出会いはこんな感じだ。音の源をたどってすぐに隣のレコード店に行き、『A Long Vacation』を買った。買ったのはレコードじゃなくカセットテープだ。当時肌身離さず持っていたウォークマン2号機ですぐ聞きたかったからだ。

 

1981年の夏

その『A Long Vacation』を世に送った大滝詠一さんの名前が表紙でうたわれている本を買わないわけにはいかない。『「ヒットソング」の作り方』(牧村憲一・著/NHK出版・刊)の「大滝詠一と日本ポップスの開拓者たち」というサブタイトルが目に入った瞬間から、18歳の自分を取り戻す準備は整っていた。

 

1981年は、特に夏が忘れられない。決して大げさではなく、どこに行っても大滝サウンドを耳にしたにもかかわらず、通学中もバイトの行き帰りも、そして遊びに行く時にも『A Long Vacation』を聞いていた。聞き過ぎで伸びてしまうことが容易に想像できたので、ダビングテープを2本作った。ちなみに『A Long Vacation』のカセットテープ版は2種類あって、筆者が持っていたのはテープ本体が白い2ndエディションだった。そういうニッチな知識も一気に甦ってくる。

 

大滝詠一という名前の才能

著者の牧村氏は、1960年代半ばから半世紀にわたって音楽制作に関わってきた人だ。1970年代初めに音楽ディレクターとして現場で活躍し始めたころ、とあるCMソングの製作現場で素晴らしい才能と出会う。

 

それが大滝詠一さんでした。大滝さんのCMソング作りの現場を通じて、僕はプロデュース、作曲、作詞、編曲、歌唱、演奏、レコーディング技術……、その一つひとつを会得するヒントをいただき、いえ、盗ませていただいたのです。

『「ヒットソング」の作り方』より引用

 

二人が初めて顔を合わせた時、どんな空気が流れていたのだろうか。二つの才能がぶつかり合って火花がバチバチ飛び散るようなものではなく、なんかこう、もっとソフトな質感のもので占められていたような気がしてならない。

 

出会うべくして出会ったソウルメイト

その場の空気感は、「サイダー’74」という大滝さんによるCMソングのレコーディングの様子を描写した次のような何気ない文章から推し量るしかない。

 

このときのセッションに立ち会えたことが、僕の音楽プロデューサーとしての道を決定づけたのだと思います。大瀧さんは旧知のメンバー一人ひとりに口頭でアレンジのイメージを伝え終えると、「それでは」とテイクワンを録り始めました。

『「ヒットソング」の作り方』より引用

 

音楽に詳しい人たちに言わせると、「サイダー’74」は後にナイアガラ・サウンド——ごく簡単に言ってしまえば大滝詠一さんらしい響きの楽曲——と呼ばれるようになる楽曲コンセプトが、しっかりとした形になった記念碑的な作品であるという。

 

大滝詠一さんというアーティストと、日本の音楽業界で素晴らしいキャリアを積んでいくことになる牧村氏は、運命的な瞬間を共有したソウルメイトだったにちがいない。ちなみに、この時のレコーディングには細野晴臣さん、林 立夫さん、松任谷正隆さん、そして伊藤銀次さんというレジェンド級の人々が顔をそろえていた。

 

日本のポップス史とナイアガラ・サウンド

話は、日本のポップス史を俯瞰した形で進んでいく。ビートルズやローリング・ストーンズのブリティッシュ・ロックによって与えられた影響とフォークソングブーム。それが昇華する形で生まれたニューミュージック。そして、こうした音楽がJ-POPと呼ばれるようになるまでの進化過程。

 

その中で際立つのは、1970年代前半から2010年代前半まで、日本のミュージックシーンに何らかの形で関わり続けていたナイアガラ・サウンドの存在だ。大滝詠一さんは数々のCMソングを手がけてから「はっぴいえんど」というバンドを経て、ミリオンセラーとなった『A Long Vacation』を残した。その後も、杉 真理さん・佐野元春さんと組んだ「ナイアガラ・トライアングル」でヒット曲を飛ばし、松田聖子さんの『風立ちぬ』やキムタクと松たか子さんのトレンディドラマ『ラブジェネレーション』の主題歌『幸せな結末』の作曲でも知られている。

 

その大滝詠一さんが亡くなってからすでに7年4か月が経過した今、『A Long Vacation』のリリース40周年記念盤が発売されている。ナイアガラ・サウンドの神髄は、新しい形で残されていくようだ。これは、買わないわけにはいかないな。

 

【書籍紹介】

「ヒットソング」の作り方

著者:牧村憲一
発行:NHK出版

なぜ彼らの歌は色褪せないのか? シュガー・ベイブや竹内まりや、加藤和彦、フリッパーズ・ギター、そして忌野清志郎+坂本龍一の「い・け・な・いルージュマジック」など…、数々の大物ミュージシャンの音楽プロデュースを手掛け、今日まで四〇年以上業界の最前線で活動を続けてきた伝説の仕掛人が、彼らの素顔と、長く愛され、支持され続けるものづくりの秘密を明らかにする。

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