世の中にはたくさんの天才がいるが、令和の現代におけるエッセイ界の天才といえば岸田奈美さんだろう。彼女のプロフィールを一言であらわすのは難しいが、「noteのエッセイがきっかけで、爆発的な人気を得た方」であり、「100文字程度で書ける話を2000文字で書く」作家さんである。
そんな彼女のサイン会に行ってきたので、ちょっと話を聞いてほしい。
超有名人が自主サイン会とかやります?
本のサイン会に参加するなんて、大学時代卒論制作の真っ最中に、一人だけふらふらと大学を抜け出してはせ参じた加藤晴彦さんの写真集サイン会以来である。
しかも、今回のサイン会は岸田奈美さんの自主サイン会。読んで字のごとく「自主サイン会」だ。47都道府県での開催を目標に、岸田さん自らが交通費や会場費などを手弁当で行っているというから驚く。
岸田さんの著書を持ち込めばサインしてもらえるシステムで、冊数などの制限もない。本の購入が間に合わない人は、挨拶や記念撮影だけでもぜひお越しくださいとアナウンスされている。さらに言うと、郵送で岸田さんの本を送って送料さえ負担すれば、サインをして送り返してもらえる企画まで開催されている(第一弾は2021年12月末着分までで終了)。
ここまでですでにお察しの方も多いだろうが、岸田奈美さんは愛の人なのである。私個人の推測に過ぎないが、おそらく間違ってはいないだろう。なんていうか、言動すべてが採算度外視で、「愛」という原動力のみで動いている人なのだ。
「傘のさし方がわからない」とかあります?
ちなみに今回私が購入した本は、岸田さんの最新作『傘のさし方がわからない』(小学館・刊)。タイトルだけを見ると、「傘のさし方がわからないってどういうこと?」と頭の中が疑問符でいっぱいになりがちだが、とんでもなく笑えて、とんでもなく感動する1冊だ。
大病を患い、現在は車いす生活を送られているお母様と、生まれつき知的障害がある弟さん。そして、岸田さん。このご家族にまつわるエピソード数々は、本当に心が温まる素敵な話ばかりなのである。
私が特に気に入っている話を紹介しようと思ったが、どれも傑作すぎてひとつに絞れない。自由が丘を歩いていたら「おいしいケーキ屋を知りませんか?」と30分で6人に尋ねられた話は、何度読んでも抱腹絶倒だし、深夜に乗り込んだタクシーが謎の組織に追われていた話は、その数奇な運命を羨ましくなるほどだ。
でもやっぱり、第一話に収められている「全財産で外車を買った」が、今回を代表する話なのかもしれない。亡き父の想い出の車・ボルボを、車椅子の母が運転できるように改造するまでの話なのだが、いろんな人の愛情がぎゅうぎゅうに詰まっている。
会場に入って1秒でご本人と対面とかあります?
そんな愛の人・岸田さんが大阪で自主サイン会をするというのだから、行かないという選択肢はない。ちょうど打ち合わせが何も入っていない平日の午後。子どもたちが学校から帰ってくるまでの間に行けるだろう。
事前にリサーチしたところ30分程度は並びそうな感じだったし、どんな場所でサインしてもらえるかわからなかったので、ろくに対話のシミュレーションもせずに向かった。場所は、大阪・松屋町の商店街にある高齢者外出介助の会「からほりさろん」というサロン。
Googleマップを見ながら見つけた建物に恐る恐る足を踏み入れた。すると、2m先に岸田さんがいた。私とちょうどすれ違いでひとり出て行き、サロンのおじいちゃんおばあちゃん以外誰もいない。さっきまで大混雑していたが、ちょうど人が途切れたところだったらしい。待ち時間で話す内容をシミュレーションするはずだったのに、秒で本人とご対面になってしまった。
キラキラしたオーラをまとった岸田さんは、サインを書きながら、これまでに GetNavi webで書評コラムを書かせてもらったこと、今回も書こうと思っていること、ペンネームでサインをしてほしいこと、写真も撮らせてほしいことを笑顔でうんうんと頷きながら聞いてくれた。書評コラムが公開されたら、ホームページかどこかしらに、なにかしらの方法で連絡してほしいとも。
サインを書いている様子を無事写真に収め、急いで帰り支度をする私に、様子を見守ってくれていたおばあちゃんが「写真、撮りましょうか?」と声をかけてくれた。じつは、一緒に写真を撮ってもらいたかったけど、次に待っている人もいるし……と諦めかけていた私にとって、神の声だった。緊張しつつ、2ショットで写真を撮ってもらった。この写真があれば、今年も仕事を頑張れそうだ。
こんなにも愛に溢れた人っています?
帰り際、岸田さんがサインをした本と一緒に、机の上に置いてあった柿をスタバの紙袋に入れて、持たせてくれた。「さっき食べたけど、めちゃめちゃ美味しいんで!」と。恐縮しながらもありがたく受け取り、名残惜しいが会場を去った。
時間にしておそらく数分の出来事だったが、岸田さんからも、サロンのおじいちゃんおばあちゃんからも、次に待っていた人からも、溢れんばかりの愛を受け取った。そして、明日からも頑張ろう!という勇気をもらった。やはり、岸田さんは愛の人だった。
お土産として持って行った『GetNavi』と『月刊ムー』、それから私が気に入っている「幸せを運ぶお菓子」を大層喜んでくれた岸田さん。エッセイを読んでいると、ガラスのハートの持ち主なのだと感じることが多々ある。どうか、これからもたくさんのエッセイを私たちに届けてほしい。家に帰っていただいた柿は、愛情いっぱいの格別な美味しさだった。
【書籍紹介】
傘のさし方がわからない
著者:岸田奈美
発行:小学館
異例の大反響!『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』から1年。ゲラゲラ笑えて、ときにしんみり、なんだか救われてしまう爆走エッセイ!!