こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私は一般的な仕事とは少し違って、小説を読んではパソコンの前に座って、ああでもない、こうでもないと文字を並び替える日々。のりたまではなく、活字でご飯を食べています。
気が付くと一日中部屋に籠もって、外が暗くなっていることもしばしば。仮に動くものを“動物”と定義するなら、もはや自分は部屋のインテリアじゃないかと思うこともよくあります(笑)。これは漫画家さんも同じ感覚ではないでしょうか。仕事部屋という小宇宙に自分が取り込まれている……。
豪華メンバーが語る漫画家の「家」
今回紹介する新書『少女漫画家「家」の履歴書』(週刊文春・編/文春新書)は、“家”という視点を軸に、少女漫画家たちが自らの半生を振り返るというインタビュー集。「週刊文春」の連載「新・家の履歴書」のなかから、少女漫画の黄金期とも言われる1970年代までにデビューした12人の少女漫画家が選ばれています。仕事場や生活の拠点である“家”の様子がわかる間取りイラストが入っていて、当時の光景が想像できるのもいいですね。
旅館の合宿生活で生まれた『ガラスの仮面』
私も一時期ハマって読みふけっていた『ガラスの仮面』の作者・美内すずえさんの思い出の“家”は、長年カンヅメで仕事をしていたという神保町の旅館「錦友館」。12畳ほどの部屋でアシスタントとともに座敷テーブルを囲んで作業し、座布団を敷いて寝る。合宿ノリが面白くて、ある種の「劇団」体験だったとか。漫画は作者ひとりの名前がクローズアップされがちですが、共同作業の熱量で作品が成り立っていることが伝わってきます。
ギャグマンガ『パタリロ!』の魔夜峰央さんの“家”にも驚きのドラマが隠れていました。『パタリロ!』が軌道に乗った1979年に故郷・新潟から移り住んだのは、埼玉・所沢駅から徒歩15分ほどのネギ畑に囲まれた借家。編集者から「便利なとこだから」と勧められたのですが、実は編集者の近所で“原稿を回収するのに便利”という意味だったそうです(笑)。
そして、この家で描かれたのが『翔んで埼玉』。刊行からおよそ30年の歳月が過ぎ、「冬の時代」が来たと魔夜さんが思っていた頃に、この『翔んで埼玉』が話題となり映画化される……。魔夜さんが埼玉ではなく東京に呼ばれていたら、未来は別ものになっていたでしょう。
本書を読んでいると漫画の変遷も見えてきます。『星のたてごと』『白いトロイカ』『ファイヤー!』と、少女漫画家の草分けとして漫画史に名前を刻む水野英子さんの“家”は「トキワ荘」。漫画の原稿が憧れの手塚治虫さんに気に入られて1958年に上京、トキワ荘に住むことになりました。四畳半の部屋で若い漫画家たちが集まって執筆三昧。「トキワ荘にいるだけで絵が月ごとに上達しました」。トキワ荘はまさに文化が芽吹く場所だったんですね。
もともと雑誌の連載コーナーなので各インタビューは短いものの、読みやすくまとまっています。少女漫画家12人の回想が一気に読めるため、漫画とは何か、仕事との向き合い方、少女漫画黄金期とはどういう時代だったのか……。そうしたことが比べられるのがこの本の面白さ。1人だけのインタビュー本では浮かび上がらなかった“核心”が見えてきます。
仕事の話以外にも、編集者との恋愛や結婚といったプライベートな部分も赤裸々に語られていて、どのインタビューも朝ドラの原型になりそう。それぞれの漫画家の“家”を想像しながら、もう一度名作を読んでみたいと思いました。
【書籍紹介】
『少女漫画家「家」の履歴書』
著者:週刊文春・編
発行:文藝春秋
あの名作は、こんな「家」から生まれた!少女漫画の黄金期である一九七〇年代までにデビューした豪華十二人の漫画家が語る「家」の履歴。家族や仲間たちと過ごした最も私的な空間を語るからこそ見えてきた原体験、あの傑作の舞台裏とは。
楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。