熱波師という職業をご存じでしょうか? サウナでお客様をあおぎ、風を送る仕事です。彼らはタオルなどを使い、室内に充満している水蒸気をかき回して、お客に届けます。私自身はこれまでほとんどサウナを利用したことがなく、熱波師に会ったこともありませんでした。ですから、初めて「熱波師」という職業を聞いたときは、よくわからないままに、気象予報士の一種だと考えました。暑い夏、熱波がやってくるので気をつけるようにと呼びかけてくれる人だと思い込んでしまったのです。
熱波師に注がれる熱い視線
それでも、サウナに私が知らない何か特別な存在がいるということは、気づいていました。サウナ好きな人たちが「あのサウナはいいよ。特に、お兄ちゃんの口上と踊りが愉快でね」と賞賛するのを耳にしていたからです。
『熱波師の仕事の流儀』(サウナーヨモギ・著/ぱる出版・刊)は、知っている人は知っていて、知らない人は想像もできない「熱波師」という職業に熱く迫った本です。著者はサウナーヨモギダ。サウナに関する執筆や講演、コンサルタントを行い、さらにはイベントを主催したり、メディアに出演するなど、幅広く活動しています。著者自身がサウナ好きということもあり、熱波師に注ぐ視線はことさらに熱く、サウナをよく知らない私まで熱気に包まれたような気持ちになります。
サウナは、熱した石に水を掛けて、水蒸気を発生させる仕組みです。これをフィンランド語でロウリュというのだそうです。発生した水蒸気は室内の隅々まで満ち、利用する人たちは熱い蒸気の中に身を置くことになります。この時、室内の水蒸気をタオルなどを使ってかき混ぜ、室内にいる客に熱い風として送り届けるのが熱波師の仕事です。
ひとことで熱波師と言っても、その役割は二つあります。
水蒸気を発生させるのがロウリュ、それを攪拌して扇ぐのがアウフグースである。日本では当初、アウフグースのサービスがロウリュと呼ばれていたこともあり、ロウリュとアウフグースが混同されてきたが近年は正しい表記をすべきという意見が多く区別されるようになりつつある。
(『熱波師の仕事の流儀』より抜粋)
なかなかに複雑ですが、サウナ愛好家にとっては、気持ちの良い風を送るように工夫してくれて、サウナにいる時間をより楽しくしてくれる存在であればそれで満足でしょう。
進化する熱波師
熱波師は、最初のうちはサウナの従業員としてお客を扇ぎ熱い風を送っていたそうです。けれども、次第にタオルの回し方に独自性を持たせるようになり、音楽に合わせてパフォーマンスを行うようになりました。さらに、風を送る前に面白いことを言ったり口上を述べたりと、多様化しショー的な要素が高まっていきました。
2010年代の半ばごろになると、プロとして業務を行う職業熱波師が誕生しました。2019年にはアウフグースの講習会も行われ、研修を終了すると、ドイツサウナ協会公認のアウフギーサーの修了書が与えられるようになりました。
『熱波師の仕事の流儀』でとくに興味をひかれたのは、タオルの振り方にも色々な手法があるということでした。それぞれに面白い名前もついていて、楽しみが倍増されます。以下、簡単に紹介します。
・ランバージャック 上から両手で前に振り下ろす振り方
・パラシュート 後ろから振りかぶり下に振り落とす
・エイト 8の字を描くように振る
・エンジェル 横から背負投げのように前へ振る。天使の羽みたいに
・フラッグ 真横から旗のように振る
・ピザ ピザ職人がピザ生地を伸ばすように片手でクルクル回す(『熱波師の仕事の流儀』より抜粋)
これから先、さらに新しい名前がついたタオルの振り方ができるかもしれません。急に思わぬところでタオルを落とす「愛の不時着方式」とか、床でタオルをしぼる「手打ちうどん式」とか……。
7人の熱波師と温浴コンサルタント
熱波師とは何かを掘り下げるため、著者は7人の熱波師と温浴コンサルタントにインタビューを試みています。最初に質問するのは「熱波師とは何か?」だったといいます。それぞれ個性に富んだ8人の略歴を紹介しましょう。
1.箸休めサトシ
彼の熱波師としてのキャリアは長く、2010年から熱波師になりました。きっかけは「熱波師芸人募集」の張り紙を見て、気軽に応募したといいます。今やベテランですが、これまで辛い思いをしながら成長してきました。
2.レジェンドゆう
日本で最も稼いでいる熱波師です。けれども、サウナ嫌いで10秒しか入っていられなかったといいます。それなのに、今や売れっ子熱波師です。そこに至る道のりはひたすらに努力の日々でした。
3.渡辺純一
アウフグース歴23年の現役熱波師で、日本でいち早くアウフグースを始めた人として知られています。健康増進を目的としており、一人ずつ丁寧に風を送ることをモットーとします。
4.宇田蒸気
サウナが大好きで、毎日、サウナに通っていました。本職は会社員で、熱波師の仕事は週末だけです。副業が禁止されているため、報酬を受け取ることはできず、サウナを無料で使ったり、食事をしたりと、現物支給で満足しているそうです。
5.大森熱狼
日本で初めて、熱波師を職業にした人です。大きな体を使ってタオルを操りますが、その風は細やかな配慮に満ちています。最初はセラピストだったというだけに、彼のタオルから出る風は優しいものです。時には、肩までもんでくれます。体だけではなく、心もほぐしてくれる熱波師なのでしょう。
6.五塔熱子
元気いっぱいで、明るい熱波師です。タオルの振り方も、斬ると表現したくなると言われるほどで、まさに熱い波動が心に響いてくるような仕事ぶりです。本場ドイツまで行き、アウフグースを学ぶ研究熱心な熱波師です。
7.井上勝正
お客さんと掛け声をかわすことで知られる熱波師です。井上が「ネーネーネー」と呼びかけると、お客さんが「パーパーパー」と答えるといいます。元プロレスラーというだけあって、パフォーマンス精神が豊かなのでしょう。ただし、実はそこにはもっと深い意味がこめられていると知り、心を動かされました。
8.望月義尚
温浴のコンサルタント・機材の会社を経営しており、日本のサウナについて大変詳しい人物として知られています。かつてコンサルタントとして、熱波師をしていたときのニックネームは「ロングトーク望月」。理由は、話が長かったからです。それだけ、話すべきことを蓄えているということでしょう。
サウナに行ってみたくなる
『熱波師の仕事の流儀』を読むまで、私は熱波師という職業があることさえ知りませんでした。ほとんどサウナを利用したことがないのですから、知りようがありません。けれども、熱波師の熱さを知った今、サウナに行きたくてたまらない自分に驚いています。サウナを楽しみたいのはもちろんですが、熱波師に会いたくなったのです。
『熱波師の仕事の流儀』は様々な驚きを私に与えてくれましたが、一番、印象的だったのは、以下の部分です。
日本文化と切っても切り離せないのが儀式である。(中略)素晴らしい日本の文化だ。完全に型がある熱波師がいてもいいと思っている。ジャパニーズ式、セレモニー・オブ・ネッパ。どうだろうか
(『熱波師の仕事の流儀』より抜粋)
確かに、茶道や華道にお家元がいるように、熱波師にも、それぞれ流派があっても不思議はありません。疲れた人が増える今、熱波師の果たす役割はさらに大きくなっていくでしょう。
【書籍紹介】
熱波師の仕事の流儀
著者:サウナーヨモギダ
発行:ぱる出版
サウナ業界を盛り上げ続ける、7人の熱波師と温浴コンサルタントを徹底取材!