本・書籍
2022/5/16 6:15

ダメな馬もいないし、ダメな人間もいない。引退馬支援から学べること

近年、保護犬の里親になる人が増えてきました。そのため犬の殺処分数は激減し、天寿を全うできるようになっています。それと同じように、最近は馬でも同じ動きが起きています。競馬を引退した馬たちに老後を安心して過ごしてもらうための支援が広がっているのです。

 

馬は話を聞いている

私は馬が好きな娘と共に、牧場に行くことがあります。そこでは乗馬はもちろん、馬にブラシをかけたりニンジンをあげたりというふれあいも楽しめます。ある日、人間でいうと中年くらいの年齢の馬に白髪が出てきたと、たてがみの生え際を見せてもらいました。

 

私にも白髪があるので勝手に親近感を抱いてしまい、馬に向かって「お互い頑張ろうね」と話しかけると、まるで話を聞いているかのように、こくこくと何度も頷いたのです。こうしたことは今までも何度もあり、そのたびに理解してくれる親友のように感じて、ますます馬を好きになってしまいます。

 

悲しみに寄り添う馬

馬の持つ優しい雰囲気、分かち合ってくれるかのような感覚に魅了される人は大勢います。『生きているだけでいい!馬がおしえてくれたこと』(倉橋燿子・著/講談社・刊)は、NPO法人引退馬協会代表理事の沼田恭子さんの激動の半生が描かれた本ですが、そこにもそうしたエピソードが何度も出てきます。

 

沼田さんがご主人を亡くして哀しみに沈んでいる際に、自ら沼田さんに歩み寄り、顔をすりつけてきたり、話を聞いてくれるかのようなそぶりをした馬がいたそうです。彼女は「まるでわたしのほうが抱きしめられ、つつみこまれているかのよう」と不思議な感覚を味わっています。

 

犬も泣いている人のそばにずっといたり顔を舐めたりと、寄り添いの行動をとることがありますが、馬にもそれはあるのです。馬の身体は暖かく、毛の手触りは心地良く、さらに馬の下唇は想像を超える柔らかさがあり、触れると気持ちが落ち着くという人も多いようです。

 

馬を殺処分から救う

こんなに思いやり深い生き物である馬ですが、競馬の世界では、引退した馬が殺処分され、食用肉になることがあります。馬が生きているとエサ代などの経費がかかって大変だからです。その数は年間5000頭ほどとも言われていて、だとすると、犬の殺処分数4059頭(2020年度)よりも多いかもしれないのです。

 

犬の殺処分数は10年前の4万4000頭から十分の一以下に激減しました。これは、保護犬活動が広まり、犬の里親になる人が増えたからです。そして近年は馬にもその波が到達し、引退馬を引き取って世話をする施設が増え始め、のんびり老後を過ごす馬が少しずつ増えているのです。

 

馬の里親になる

沼田恭子さんは、引退馬の暮らしを支えるためのフォスタープランシステムを考案した人です。会員になり月々の会費を支払うことで、特定の馬の支援ができるというこのプランは、最期まで生きてもらいたいという強い願いがあったからこそ生まれたものでした。

 

沼田さん自身、乗馬クラブを運営していたご主人を重い病気で亡くしています。次第にできることが少なくなり、最後は手を握っても反応があまりないような状態に陥った彼を「生きているだけでうれしい」と感じていたその時の思いを、馬にも抱いているのです。

 

ダメな馬なんていない

この本は、馬たちに向けての温かい言葉で溢れています。「生きているだけでいい、生きているだけで価値があるんだ」「ダメな馬なんていない。どんな馬だって、それぞれに能力があるんだよ」などの言葉は、そのまま、人間にも当てはまるものだと思うのです。ダメな人間なんていないのですから。

 

たくさんの名言が散りばめられている本ですが、あとがきにも素晴らしいフレーズがありました。「つらいことや悲しいことが、じつは次の扉を開いてくれる大きなきっかけとなる」がそれです。実際、沼田さんはご主人を失ったことをきっかけに、彼が愛した馬の命を支えるようになりました。私たちも、つらいことがあった時に、苦しくても、次の扉を開けるために前を向いていたいものです。

 

 

【書籍紹介】

生きているだけでいい! 馬がおしえてくれたこと

著者:倉橋燿子
発行:講談社

かしこくて、こわがりな動物、馬。その命を守る活動をしているのが、NPO法人『引退馬協会』代表の沼田恭子さんです。東日本大震災のときには、福島県南相馬市に入り、津波の被害にあった多くの馬を救いました。子どものころ動物が苦手だった沼田さんが、なぜ馬にかかわる仕事をするようになったのでしょう? 沼田さんと馬たちの交流と、馬を守る活動をえがくノンフィクション!

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