本・書籍
2022/5/26 6:15

罪深い遊び? 現地で観ないとダメ? オペラが気になるあなたに最適の入門書——『オペラ入門』

オペラが観たい。ずっとそう願っていました。物心ついたときから、私は舞台芸術が大好きで、両親に頼み込んでは、歌舞伎や新劇、そして、ミュージカルに連れていってもらいました。小学生の高学年になると、学校には内緒で、一人で劇場に出かけていました。チケットは安いとは言えず、今から思うと、申し訳ないことをしたと反省しきりですが、両親は渋い顔もせずに、送り出してくれました。ただし、学校のテストで良い点を取るのが条件ではありましたが……。

 

気になっていたオペラの存在

そんな私ですが、オペラのチケットはさすがに頼めませんでした。あまりにも高額ですし、そもそもどこに行ったら観ることができるのかよくわからなかったのです。オペラは私にとって、「なんだか凄そうだけれど、よくわからないもの」となり、近づかないにこしたことはないと思うようになりました。それに、一旦、凝ったら大変なことになるとわかっていました。だから、なるべく興味を持たないようにしようと、決心していたのです。

 

大人になってから、ほんの数回ですがオペラを観ました。とうとう願いを果たして幸福だったと言いたいところです。ところが、いまいちオペラを理解していないような気がしてなりませんでした。面白いと思ったのは確かなのですが、感動でいっぱいになったかというと、それがそうでもなかったのです。チケットも高額だし、まあ、私には縁がなかったと思うことにしようと、決心したのです。けれども、心のどこかでは「いいの? わからないままでですませていいの?」という感情が残っていました。

 

オペラ入門』(許 光俊・著/講談社・刊)はそんな私のモヤモヤを一気に解決してくれる本となりました。もはやオペラをなかったことにすることはできません。私の心は本の冒頭部でわしづかみにされました。

 

 まったく人間は罪深いものです。
 他人の不幸は蜜の味。他人の失敗は可笑しくてたまらない。そして、あげくには同情というもっともたちの悪い偽善に耽り、上から目線であれこれと意見したがるのです。ああ、なんと嫌らしいのでしょう。
 そんな罪深い人間の、もっとも罪深い遊びがオペラです

(『オペラ入門』より抜粋)

 

この部分を読んで私はうれしくなりました。オペラは、私にとって敷居が高い芸術であり、近づくのも許されないと腰がひけていたのです。けれども、オペラが「罪深い遊び」なら、そんなに身構えなくてもいいはずです。

 

著者の許光俊は、慶応大学法学部の教授です。さらに、近代の文芸を含む諸芸術批評を専門としています。この『オペラ入門』をはじめとして、『オペラに連れてって!お気楽極楽オペラ入門』『世界最高のクラシック』など、数々の著書があります。

 

著者はオペラに詳しく、何よりもオペラを愛しているので、気取らずに本音でわかりやすく解説してくれます。私は今回、初めてオペラの入門書を買ったのですが、この本を選んで良かったと思っています。

 

オペラはいつ誕生したのか?

著者は、オペラを個々に解説する前に、そもそもオペラとはどこでどう生まれたものなのか教えます。それは、私が一番知りたかったことでした。

 

そのオペラが生まれたのは一六〇〇年ごろ、つまり日本では江戸時代が始まるかどうかというタイミングです。(中略)オペラとは、要するに、音楽つきの演劇、歌による演劇です。普通の演劇では、俳優は台詞をしゃべりますが、オペラでは歌うのです。なぜそんなことをするようになったかというと、一六〇〇年ごろのイタリアには、古代ギリシャの演劇を復活させてみたいと考える人々がいたのですが、彼らが、当時の俳優たちはしゃべるのではなく、歌ったのではないかと想像したからです。

(『オペラ入門』より抜粋)

 

1600年、日本では、江戸時代が始まるかどうかのころ、古代ギリシャの復活を夢見てできあがった、それがオペラだなんて、想像したこともありませんでした。

 

『オペラ入門』は、オペラの誕生について記した後、だいたい年代順に作品や作曲家を取り上げていきます。言うまでもないことですが、オペラは実に数多くあり、私たちはその中からこれはというものを選んで観にいきます。ですから、『オペラ入門』は自分が好きな作品を選ぶ助けにもなります。一方で、既に観たことがあるものをさらに深く理解するためにも、役に立ちます。わからなかった部分が明らかになっていくのです。それは霧が晴れるのに似て、「あぁ、あのシーンはこういうことだったのか」と、作品がクリアに浮かび上がってきます。

 

ばらの騎士

『オペラ入門』の中で、私はリヒャルト・シュトラウスのオペラ、「ばらの騎士」についてを熱心に読みました。オペラは4回しか観たことがないのですが、その中で「ばらの騎士」が一番好きな作品だったからです。パンフレットを熟読してから観たのですが、よくわからない部分もありました。ところが、『オペラ入門』を読むや、既に観たオペラがさらに深く心に響き、もう一度味わっているような思いに満たされます。

 

「ばらの騎士」の初演は1911年、第一次世界大戦が起こる少し前のことだそうです。それから3年後の1914年には、第一次世界大戦が起き、全ヨーロッパは悲惨な状況に陥ります。ですから、嵐の前の静けさの中で、上演されたことになります。

 

そんなヨーロッパの大変化の直前に、むやみと陶酔的で、時が過ぎ去ることの哀愁を歌った「ばらの騎士」が書かれたのは、偶然ではないでしょう。

(『オペラ入門』より抜粋)

 

そんなに重大な意味がこめられていると意識することなく、私はただ楽しんで観ていました。けれども、主人公である元帥夫人が感じる孤独や、年齢を経たことによってその美貌に陰りが出ることへの寂しさは胸にしみました。華やかなワルツや甘い恋の話に酔いながらも、どこか不吉な予感がしたのは、正しかったことになります。

 

「ばらの騎士」は、クライマックスに、女性3人のみごとな三重唱があります。『オペラ入門』を読んでいると、その素晴らしい歌声が再び蘇ってくるようで、もう一度、観たくてたまらなくなりました。

 

『オペラ入門』は不思議な本です。読む前と後では、オペラの世界が違って見えてくるのです。そして、オペラを観たくてたまらなくなります。では、著者の一番のお勧めは何かというと、うなるような意見が書いてあります。

 

オペラを生み、育てたのはヨーロッパです。ですから、オペラはヨーロッパで見ないといけないのです。(中略)ですので、本書を読まれた方は、ぜひ本場でオペラをご覧ください。私が言いたいことはひたすらそれに尽きます。それをしないでオペラを語っても、生身の女性を知らないで女性論を語る未経験な青年のたわごとと変わるところがありません。

(『オペラ入門』より抜粋)

 

ううむ。確かに。今はまだコロナ禍の生活で、すぐに実現するのは難しいかもしれません。けれども、自分には無理だとあきらめてしまったら、いつまでたっても夢は実現しません。いつかはきっと行くことができる。そう信じていれば、ある日外国の劇場でオペラを観ている自分を発見できるような気がします。できれば、著者が特に推薦するフランスのヴェルサイユ宮殿の中にあるオペラ・ロワイヤルでオペラを観てみたい、いや、観なくてなるものかと願うようになりました。そんなことを思わせる『オペラ入門』は、私たちをオペラに誘う優れた入門書であると同時に、その魅力から抜け出せなくなるとても危険な本なのかもしれません。

 

【書籍紹介】

オペラ入門

著者:許 光俊
発行:講談社

オペラの入門書はもうたくさん世の中にありますし、かくいう私も書いたことがあります。どんな本にしようかとずいぶん迷いました。「トラヴィアータ」や「蝶々夫人」がどれほどの名作か、今更繰り返すまでもないのではないか。作品の個々の情報は、インターネットで簡単に見つかるのではないか。そんな時代に本を出す意味とは何だろう。そんなことを考え、オペラの世界の広さを示す方向性で行こうと決めました。ですので、一応は歴史の流れに沿って章立てをしましたけれど、いわゆる名作、人気作にこだわったわけではありません。そもそも、たとえある作品がどれほど名作と言われていようと、あなたの心を動かさなければ、価値はありません。音楽史の学者にでもなるのでなければ、好きなものを好きなように愛すればよいと思います。それこそが愛好家の特権なのです。ですので、本書を読まれた方は、ぜひ本場でオペラをご覧ください。私が言いたいことはひたすらそれに尽きます。それをしないでオペラを語っても、生身の女性を知らないで女性論を語る未経験な青年のたわごとと変わるところがありません。ただちに、が一番いいことは間違いありませんが、そうでなくても、いつか行くつもりになってください。劇場には発見があります。また、どんなに見慣れた作品にも何か発見があります。それは本当に思いがけなく起こります。この世に存在するたくさんの閉じられたドアがひとつ解きあけ放たれたような気分。そうした経験をするために劇場に出かけることは、人生の大きな楽しみのひとつです。まして、それが外国の劇場でしたら、どれほど嬉しいことでしょう。(「おわりに」より)

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