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2016/10/16 14:00

静かに熱い男・錦織圭――粘り強いリターンで自滅を誘う「いやらしテニス」のルーツとは?

錦織 圭。
ATP(男子プロテニス協会)が発表する世界ランキングによれば、2016年9月28日の時点で、彼はシングルズで世界5位に位置している。

45998846 - new york - august 31, 2015: professional tennis player kei nishikori of japan in action during first round match at us open 2015 at billie jean king national tennis center in new york

他にも数々の輝かしい記録を持つことは言うまでもないが、リオデジャネイロで行われたオリンピックで、男子シングルスで銅メダリストとなった時の興奮は記憶に新しい。

 

96年ぶりのメダル獲得だというのだから、言葉もない。

 

何よりも、全米オープンを控えていながら、日本代表としてオリンピックに出たその志に打たれる。

 

プロのテニスプレイヤーとしては、体を酷使したくない時だったろうに、彼は挑戦し、結果を出した。

 

体格は言い訳にならない

日本人が世界と戦う場合、常に体格が不利であると言われる。けれども、錦織圭にはそんなことは関係がないようだ。

 

身長178センチ、体重は75キロのその体は、テニス選手としては小柄なほうだ。

 

ライバルのノバク・ジョコビッチ、スタン・ワウリンカ、ロジャー・フェデラーは、彼より背が高いし、プレー中の態度も噛みつきそうな迫力があって、私など見ているのもこわい。ぞっとする。

 

一方の錦織は、なんだか少年のようで、はにかんだような笑顔を浮かべ、修羅場をくぐってきたとは想像できないような印象だ。

 

しかし、もちろん、彼は独特な方法で困難さに耐えてきたのだ。

 

人生を変える男、錦織圭

錦織圭 リターンゲーム』(内田暁・著/学研プラス・刊)は、錦織を錦織たらしめたのは一体、何なのかを探ろうとする情熱で満ちている。

 

著者の内田暁は、ロサンゼルスに住んでいたとき、まだ17歳だった錦織の試合を取材したことがきっかけで、人生が変わったと打ち明ける。

 

錦織に出会わなかったら、スポーツライターとして、世界のテニストーナメントをめぐるようにはならなかったはずだという。

 

他人の人生を左右してしまうほど、錦織圭は魅力あふれる人物だ。彼のテニスは独特で、ライターとしては追い続けずにはいられない対象なのだろう。

 

そうでなければ、まるで観察日記のように、細かく彼の人生を追い続ける気にはならないはずだ。

 

ヤマタノオロチ伝説のある町で、錦織のキャリアは始まった

今や世界の錦織圭となった彼だが、テニス界の寵児となることを期待されて生まれたわけではない。

 

愛情あふれる両親のもと、ごく普通の男の子として育った。

 

生まれた場所は、島根県の松江市。

 

宍道湖のほとりにたたずむ水の都は、小泉八雲が暮らしたことでも知られる静かで美しい町だ。

 

テニスを覚えたのは、同じ島根県にある雲南市。

 

松江とは異なり、山の中にある。「ヤマタノオロチ伝説」などが伝わり、神々の息吹が今も感じられるような土地柄だ。

 

ここで錦織は父の手ほどきでテニスを始める。

 

ラケットは父がお土産に買ってきてくれたもの。

 

場所は近所の公園。テニスコートですらなく、ラインもネットもなかった。

 

目標は、父と母と姉と圭との4人で、ダブルスをすることだった。

 

体の芯にあるものは?

世界のトップスターになってからも、家族の中で覚えたテニスは、彼の体の芯に宿り続けた。

 

そして、窮地に陥ったとき、本当のことを言ってくれるのも、反対に、彼が悔しさをぶつけることができるのも、やはり家族だ。錦織はメンタルが強いと言われる。

 

憧れのトッププレイヤー、ロディックとの対戦で、心がずたずたに引き裂かれるような経験をして負けてしまったときも、会見では強気の姿勢で臨み、こう答えた。

 

〝思ったより、そんなに強くなかったという印象で……。自分のプレーはそんなに良くなかったんですが、リターンも返せたし、ストロークでも勝っている感じもあったので、自信になりました。”

(『錦織圭 リターンゲーム』より引用)

 

執拗なリターンの秘密

この発言の裏には錦織圭の複雑な思いが込められていたのだが、母親が心配して「他に違う言い方があったでしょうに」と、たしなめると、「何も知らんくせに」という普段は言わない答えが返ってきたという。

 

相手が母親だからこそ、ぶちまけた感情だろう。

 

また、打ち込んでも打ち込んでも執拗に返し、相手を自滅させるまで追い込む彼のテニスを「いやらしいテニスだ」という感想を漏らすひともいる。

 

相手を追い詰めるしつこさは誰にも真似ができない。

 

これも、子供の頃、体格ではかなわない姉を相手に培った戦法である。姉だから、遠慮なく「いやらしく」なれたのだ。

 

痛む肘、疲労する心

家族の中で覚えたテニスだったが、13歳のとき、錦織圭はフロリダのIMGアカデミーで徹底的な訓練を受け、17歳でプロになると決心する。

 

指導者にも恵まれ、才能を花開かせるが、よいことばかりではなかった。

 

2009年には原因不明の肘痛に苦悩し、ついには大切な肘に内視鏡を入れるところまで追いつめられた。

 

もう二度とラケットが持てないかもしれないと覚悟しながら受けた検査で、疲労によって軟骨が損傷し、髄膜が炎症を起こしていることが判明する。

 

以後の、治療と苦しいリハビリを余儀なくされた日々・・・。

 

そんなときも、家族のサポートを受け、彼は立ち直ったのだ。

 

レシートの裏に書かれた運命の人

錦織圭がトッププレイヤーとしての地位を築くには、コーチの存在も欠かせない。

 

子供のころから、コーチをはじめ周囲の人に恵まれた彼だったが、悩んでいたさなかに、マイケル・チャンコーチと会えたのも、偶然が重なってのことだ。

 

母がチャン夫人にレストランで出会い、「手助けが必要なら」と、レシートの裏に書いてくれた連絡先が決め手となった。

 

稀有な才能と稀有な才能をつないだのが、母親が握りしめたレシートの裏に書かれた連絡先だったとは!

 

母は息子のために、世界で最高のリターンエースを決めてしまったのかもしれない。

 

今しか見ない、見ようとしない、それが錦織圭

今もなお、錦織圭は前進を続けている。

 

世界ランキング1位を目指せる場所に彼はいる。夢ではなく、現実味を帯びた目標である。

 

彼はこれからどこに行くのだろう?

 

何を目指しているのか?

 

2年後、あるいは5年後にはどうなっているのか?

 

その質問に彼はこう答えている。

 

“正直、この質問が一番困りますね。得意じゃないですね。”何年後シリーズ”

(『錦織圭 リターンゲーム』より引用)

 

今、目の前にあるテニスボールをどうやって相手を絶望させる場所に返すか、それだけを考えている彼にとって、5年後は気の遠くなるようなはるかかなたの世界だろう。

 

錦織圭、やっぱりあなたは普通じゃない。

 

今だけを見て、「いやらしい」という言葉を称賛に変えるテニスができるのだから。

(文・三浦暁子)

 

【参考文献】

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錦織圭 リターンゲーム

著者:内田暁
出版社:学研プラス

 

男子日本人で初めてテニスの世界トップで奮闘する錦織圭の、過去・現在・未来を綴る。本人インタビューのほか、錦織の成長に関わった多数の関係者を取材。挫折と進化を繰り返しながら、トップクラスへ突き進む、知られざるエピソード満載のノンフィクション。

 

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