筆者が、自分はほめられて伸びるタイプであることをはっきり自覚したのは23歳。とある老舗ホテルで働き始めたころだ。
「ほめる」という行いの意味
そしてもうすぐ60歳になる今、改めて気づいた。ほめられて伸びない人間なんていない。わざと厳しく指導して、耐え抜いた人だけが本当に伸びるという考え方もあるだろうし、それを経験則的に知っているという人もいるだろうけれど、ネガティブな段取りばかりが増えてしまうような気がする。
『ほめコミュニケーション』(原邦雄・著/ワン・パブリッシング・刊)は、人間関係の核の部分に“ほめる”という行いを据え、それをじっくり考えていく一冊だ。著者の原氏は教育と心理学・脳科学をミックスさせた「自分や相手をほめて育てる教育メソッド」である「ほめ育」を生み出し、世界18か国で伝えている人物だ。本書のエッセンスは、ほめるというポジティブな行いを通して、職場をはじめとするさまざまな人間関係を改善してくことにほかならない。
ほめコミュニケーション
まずは、原氏による動物としての人間の特性の定義を見ておきたい。
人間は、そもそも自分の中の知識と記憶をもとに物事の良し悪しを判断し、他者を「このような人物だ」と固定化し、相手との人間関係を構築する動物です。
『ほめコミュニケーション』より引用
プライベートであれ職場であれ、他者と全く関わらないまま暮らしていける人間はいない。コロナ禍によって他者とのつながりというものを根本から見直さなければならなくなった今、人間関係という言葉の意味もこれまでとはかなり変わったのではないだろうか。これを踏まえ、書名となっている「ほめコミュニケーション」の定義を確認したい。
言葉は少なくても本当に心から出てくる相手への称賛や、やるべきことをやって成果を出している自分への労いや癒しなど、表層的ではない人間同士のつき合いにフォーカスし、かつビジネスにおいて自分回りの理想の距離感で人づき合いができるようになるためのメソッドです。
『ほめコミュニケーション』より引用
では、このプロセスを具体的に見ていこう。
まずは自分が変わろう=
職場の対人関係で悩む人は多い。やりとりが物理的な対面であってもリモートであっても、それは変わらないはずだ。いや、リモートだからこそ全く新しいタイプのトラブルを抱え、人間関係をこじらせてしまうことがあるかもしれない。でも、身動きができなくなってしまう前にできることがある。
人間関係がこじれている状態を改善するには、他者を変えようとするより「自分の内面に目を向けて、まず自分が変わる」ことが必要です。なぜなら、冒頭にお伝えした通り、人間は知識と記憶で物事を判断する生き物であり、今目の前にあるこじれた人間関係の原因は、本当は相手ではなく、“あなたの過去の記憶”が作り出している可能性が高いからです。
『ほめコミュニケーション』より引用
はっとしたのは、人間関係に悩んでいる時に「悩みの種は自分の過去の記憶にある」ということと「それを相手は覚えていなかったりする」という事実。そして、ほかの人たちをほめることができるようになるためには、まずは自分をほめられるようになることであるという事実。筆者は、自分がもろもろ引きずる性格であることを自覚している。そして、自己肯定感がとりわけ高いタイプでもない。そのあたりの目盛りを調整してみてもいいかな、という気になった。
ステップ・バイ・ステップのキーワード
章立てを見てみよう。
第1章 最高の人間関係を作る方法「ほめコミュニケーション」
第2章 「ほめマインド」をつくるための9つの心構え
第3章 「Re Connect」であなたの中の人間関係をつなぎ直す
第4章 「ほめコミュニケーション」実践5つのステップ
第5章 「人間関係の悩みゼロ」の人間に生まれ変わろう
第1章でほめる概念を具体的にイメージし、そこから続く4章で具体的な方法を知り、「自分ほめ瞑想」「記憶の編集権が自分にあることを自覚する」「目的の共有化」「孤独の鎖」「かけがえのない長所」といったキーワードをたどりながら、できそうなことから実践していくのがいいと思う。
自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい
筆者にとって特に響いた文章を紹介しておきたい。
自分に対して「ダメな自分だ」とマイナス言葉をかけすぎると、「過去と現在と未来の自分がマイナス言葉でつなげられた状態」になり、自信喪失のマイナス・スパイラルに入ってしまいます。そうなると、自分が「何をやっても上手くいかない私」になってしまい、さらにマイナスが引き寄せられ、アリ地獄になって、自信喪失の沼から抜け出せなくなってしまうのです。
『ほめコミュニケーション』より引用
『マタイの福音書』に「自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」という言葉が出てくる。こうした教えは、古代から伝わる日本特有の“言霊”の概念にも通じるかもしれない。「ほめられて嫌な人はいない」という。『ほめコミュニケーション』では、そういう単純なレベルをはるかに超えたところで実現するより多くの人たちとつながり、関係性を自らより良くしていくための具体的な行いが示されるのだ。
人間関係の悩みがまったくないという人は珍しいはずだ。そうではない圧倒的マジョリティの人たちにとって、必ず「特に響く文章」が見つかる。そしてその響きが、自分自身を含め、誰かをほめる気持ちに昇華していくに違いない。確実な可能性が感じられる一冊。