こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私の友達から聞いた話。小学生だった息子さんに「タコは見た目が不気味だから、外国の人はあまり食べないんだって」と教えたところ、「じゃあさ、外国のたこ焼きには何が入ってるの? お肉?」と真顔で聞かれて、笑ってしまったそうです。
でも、もし日本もタコを避ける文化だったら、たこ焼きの中身は一体何になっていたのでしょうか、気になりますね。タコに限らず、海藻類やゴボウも海外ではほとんど食べられていないようで、食文化って面白いですよね。
日本人がまだ知らない食の世界へようこそ
今回紹介する新書『世界珍食紀行』(山田七絵・編/文春新書)は、アジアを中心に世界各国の“食”に関するエッセイ集。それぞれのエッセイの書き手は日本貿易振興機構(ジェトロ)の「アジア経済研究所」の研究員の方たち。アジア経済研究所発行の雑誌とウェブマガジンで連載されたコラム39回分を加筆修正してまとめたものです。新興国の専門家たちが味わった食のカルチャーショックが本書で体験できます。
モンゴルの「赤い食べ物」と「白い食べ物」
中国、インドネシア、ラオス、カザフスタン、デンマーク、ケニア、アンゴラ、ベネズエラ、ニュージーランド……と、ページをめくるとまさに万国フードフェスティバル状態。そのなかでも、私が食と文化の結びつきになるほどと思ったのが「モンゴル」編。
モンゴルでは食べ物を、肉を中心とした「赤い食べ物」と、乳製品を使った「白い食べ物」の大きく2つに区分するのだそう。遊牧民は秋に家畜を解体し、冬は主に赤い食べ物である肉を食べ、家畜の出産シーズンである春から夏にかけては白い食べ物である乳製品をメインにする。1年の食のサイクルが色分けされて巡っていくというのが面白いですね。
ここで取り上げらられているのは「馬乳酒」と酸味が強いチーズ「アーロール」。馬乳酒は日本人が思い浮かべる優しい乳酸菌飲料の味ではなく、「舌にピリピリ来る強烈な酸味」だとか。しかし、慣れれば「夏の草原で飲む馬乳酒は爽快」とのことで、風土に合った味なのでしょう。
モンゴル版のチーズである保存食のアーロールは、「強い酸味に砂糖などの甘味料の味が混ざり、得も言われぬ味」。しかし、やはり慣れると恋しくなるそうです。一度食べてみたいような、怖いような……(笑)。
個人的に一番美味しそうだと思ったのは「コートジボワール」編の煮込み料理「ソース・グレーン」。赤褐色に完熟したアブラヤシ(パームヤシ)の果肉をすりつぶしたソースで、タマネギ、トマト、鶏やワタリガニなどを煮込みます。鮮やかな赤い汁を口に運ぶと特有の風味と濃厚なコクを感じるそうです。これ以外にもコートジボワールには多彩なソース文化があるというのが新鮮な情報でした。
『世界珍食紀行』というタイトル通り、ウミヘビや牛の鼻、赤アリといった珍しい食材、強烈なニオイの発酵食品など、いわゆるゲテモノに分類されてしまうような食べ物も多く紹介されています。しかし、それを単におもしろおかしく取り上げるわけではなく、きちんと文化的・地理的背景を踏まえた視点があるのがこの本の良さ。なにしろ実際に現地に滞在して文化に触れてきた研究員の方々が書いているので、実感と愛情がこもっています。新書ですが料理写真もカラーで入っていて、世界一周旅行気分が味わえる一冊でした。
【書籍紹介】
世界珍食紀行
編:山田七絵
発行:文藝春秋
開発途上国の専門家が世界各地で体験した食をめぐるカルチャー・ショックについて思う存分語ったエッセイ集。異国で時おり遭遇する奇妙な食体験が、その地域の社会や文化をより深く理解するきっかけとなる。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。