本・書籍
2022/8/10 21:30

どうして、息を吐くように「嘘」をつくのか? 精神科医のケーススタディー『虚言癖、嘘つきは病気か』

とあるFBの友だちが次々とアップする文章の内容が気になって仕方がない。やたら何でもできて、ほぼ何でも知っているとしか思えないのだ。

 

拭えない違和感

最初のうちは感心していたのだけれど、そのうち「人間ってここまで多才になれるのか」と思うようになった。やがて疑念が生まれ、そんなわけないとなって、今や虚偽にきわめて近いものに違いない書き込みを一種ダークなエンターテインメントとしてとらえるようになった自分がいる。

 

そこそこの数のコメントがつくこの人の書き込みの内容は、このごろさらにエスカレートしている。「十人の不良を相手にケンカしてボコボコにした」みたいな、格闘技イベントのオーディションで聞くような話まで出るようになった。何とかして自分を認めさせようという異常なまでに強い欲求がもろ見えなのだ。なんでそんなに必死なの?

 

明らかな嘘はあえてスルー

30年近く前に知り合いだったとある男性も、これに近いタイプの人だった。業界人とやたら親しいらしく、当時世界的に名を知られていたスーパーモデル数人から毎年必ずクリスマスカードが届くと言っていたが、実物を見せてくれたことは一度もない。

 

彼もまた、どんな話題も拾ってそこそこの知識を披露し、なかなかの蘊蓄を傾ける。周りの人間は誰もがもう少しで「そんなにいろいろやったことがあったり、そんなに多くの業界人と知り合いだったりすることなんてあるの?」というダイレクトな質問をぶつけるところまでいっていた。でも、あえてそうする人はいなかった。彼の言葉が明らかな嘘であることがわかっていたからだ。

 

病的嘘つき

パソロジカル・ライアー=病的嘘つきという表現がある。世の中には、呼吸と同じくらいのナチュラルさで嘘をつく人がいるらしい。特に意識しないまま嘘をつくのだから、“病的”ではなく“病気”そのものなのかもしれない。

 

30年前の知り合いの男性もFBの友だちも、ひょっとしたらこういう種類の人なのかもしれない。そして今の時代、病的な嘘つきたちに対して病理的な立場から専門的な考察が行われている。ここで紹介する『虚言癖、嘘つきは病気か』(林公一・著/インプレス・刊)は、現役の精神科医が手がけたケーススタディだ。

 

嘘だけで日常が形成される異常性

まえがきに次のような文章がある。

 

嘘つきを非難する本ではない。本書は、虚言者、または虚言者かもしれないケースの実例集である。だが彼らを非難する本ではない。そういう意図は一切ない。嘘はいけない。嘘は悪。それが人間社会の普遍ともいえる道徳律だ。嘘つきは泥棒の始まりという言葉もある。それでも本書は、嘘つきを非難しない。記載はする。分析もする。だが非難はしない。かと言って、嘘つきを擁護もしない。

『虚言癖、嘘つきは病気か』から引用

 

きわめて冷静な、そしてフラットな姿勢だ。嘘をまったくつかないという人はいないはずだし、嘘の度合いもさまざまだろう。ただ本書がフォーカスするのは、日常のすべてが嘘だけで形成されるような人たちの異常性にほかならない。

 

 

性格なのか? 病気なのか?

著者への相談というフォーマットで記された44のケースは、4章に分けられている。

 

1章 虚言者たち

2章 ノルウェイの森の虚言者

3章 虚言の精神医学

4章 虚言者?たち

 

最初の項目からぶっ飛んでいる。

 

Q:夫(30代)の嘘が度を越していると思えるのですが、それは性格なのか、それとも何かの病気なのか教えていただければと思います。夫はたとえば、最近まで自分は外科医であると言い張っていました。実際は金融関係のサラリーマンです。自分が医者になろうと思い立った経過から親の猛反対を押し切って医学部へ入学し、医者の家柄出身ではないため学生の頃かなり苦労して、成績は何年に1度出るか出ないかのかなり優秀な成績で卒業し、世界の優秀学生名簿なるものに記載されている、等、かなり細かな話を作り上げいつも私に話していました。

『虚言癖、嘘つきは病気か』より引用

 

性格なのか何かの病気なのかと言われたら、かなり病気寄りの状態なんじゃないだろうか。というのは、“夫”の嘘はこれだけではないからだ。実際は健在の父親は2度死んだことになっているし、自分自身も複数のガンを患っていると言い張って譲らない。相談者によれば、小さなことから大きなことまで、ありとあらゆる事で嘘を繰り返す。

 

「異常なプライド」「自分の嘘を本当だと思ってしまう」「私につきまとう虚言男」「ミュンヒハウゼン症候群」「南アフリカの手話通訳者」といった、チェックせずにはいられない見出しが続く。

 

病的虚言のコワさ

林氏は本書で「病的な虚言」という言葉を使っている。「たくさんの嘘をつく」「普通では考えられないような嘘をつく」という意味合いだ。筆者は読み出しこそニヤニヤしていたが、2章が終わったあたりからものすごく怖くなった。

 

嘘をつかれる側の人間だけではなく、嘘をつく側の人間から寄せられた相談も収録されている。名前も知らない人たちの日常に確実に存在する狂気。そんなものがリアルに感じられるコワい一冊だ。

 

【書籍紹介】

虚言癖、嘘つきは病気か

著者:林公一
刊行:インプレス

虚言癖、嘘つきは病気か。それは本書の44のケースを通して、読者の一人ひとりにお考えいただく問いである。

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