本・書籍
2023/1/18 21:30

会話と空気で美術を鑑賞する?−−『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』

目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(川内有緒・著/集英社・刊)は2022年のノンフィクション本大賞を受賞した作品だ。著者の川内さんが、友人から「白鳥さんと作品を見るとほんとに楽しいよ!」と言われたことから始まった全盲の美術鑑賞者と一緒にアートを巡る旅。現代美術や仏像を前にし、言葉で見えているものを白鳥さんに伝えていると、伝えている本人にも、それまで見えていなかったことが見えてきたのだという。

 

全盲の美術鑑賞者、白鳥さんのこと

白鳥建二さんは、51歳で全盲だ。両親は晴眼者だったが、彼は2歳のころに弱視と診断された。幼少期はいくらかの視力があったため、公立小学校に入学したものの、視力は徐々に弱まり、小学校3年で盲学校に転校。20歳くらいまでは光は見えていたらしいが、やがて全盲になった。

 

美術との出会いは白鳥さんが大学生のときだった。目の見える女性Sさんと知り合い、彼女が当時、愛知県美術館で開催中だった「エリザベス二世女王陛下コレクション レオナルド・ダ・ヴィンチ人体解剖図展」を見たいと言い、一緒に見に出かけたのだ。

 

その日、Sさんは言葉を使って展示内容を説明した。初めて足を踏み入れた美術館に、初めて見たアート作品。また、それを見るために集まったたくさんの人々。こんな世界があったのか、と白鳥さんは胸を躍らせた。(中略)「それまで絵とか全然興味なかったんだけど、全盲の自分でも絵を楽しんだりできるのかなって思って。それに、盲人が美術館に行くなんて、なんか盲人らしくない行動で、面白いなって」

(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』から引用)

 

こうして白鳥さんの美術館巡りがはじまったのだ。

 

年に何十回も美術館に通う

白鳥さんは気になる美術展を見つけると、まず美術館に電話を入れるようになった。しかし……、

 

「自分は全盲だけど、作品を見たい。誰かにアテンドしてもらいながら作品のことを言葉で教えてほしい。短い時間でもいいからお願いします」 しかし、電話の向こうにいるひとは戸惑った声になり、「そういったサービスはしていません」と答えるばかりだった。

(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』から引用)

 

今から20年前の90年代半ばは、全盲の人が美術鑑賞することは想定外だったのだ。そんな中、すんなりと受け入れてくれたのが茨城県の水戸芸術館で、1997年春に開催されていた「水戸アニュアル’97 しなやかな共生」という展覧会だった。それまでは名画を中心に見てきた白鳥さんは、ここで初めて現代美術に触れた。キューバの現代美術家、フェリックス・ゴンザレス=トレスの作品では、展示室の中央に銀色の包み紙のキャンディが敷き詰められていて、食べられますよと言われ、拾って口に入れるとフルーツ味だった。キャンディを食べる意味はわからなかったというが、作品が向こうから語りかけてくる感じだったそうだ。これが、きっかけで白鳥さんは各地で現代美術を積極的に見にいくようになった。

 

対話型鑑賞メソッドとは?

ところで、当時、水戸芸術館が白鳥さんをすんなりと受け入れたのには理由があった。そこでは以前から対話型鑑賞ツアーを行っていたのだ。ニューヨーク近代美術館(MoMA)が提唱する対話型鑑賞メソッドを取り入れ、MoMAから教育スタッフを招いて研修もしていた。

 

「驚いたのは、白鳥さんが自然に行っていた鑑賞方法がそのMoMAのメソッドに酷似していたことでした。作品の簡単な描写の積み重ねから鑑賞に入っていくこと。参加者による解釈や意見をひとつにまとめることはせず、答えが出ないもの、矛盾があるものについても、その場でシェアしつつも、無理に答えをひとつに統一しないという自由な鑑賞スタイルであることです」

(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』から引用)

 

こうして白鳥さんと水戸芸術館の関係は深まっていった。今では、白鳥さんは当館で、定期的にボランティアや博物館実習生の研修を担当するようにもなっているそうだ。

 

なぜ全盲者といっしょに美術鑑賞すると楽しいのか?

さて、著者の川内さんにとって、白鳥さんと共に美術館にいくことはどんな利点があるのだろう? 隣にいる人が見えていると、互いに「面白かったね」、「そうだね」くらいの会話しかしないが、白鳥さんがいると、とにかく喋りまくる。美術館にいる他の鑑賞者にうるさいと叱られるくらいに。

 

目の見えないひとが傍にいることで、わたしたちの目の解像度が上がり、たくさんの話をしていた。しかも、ごく自然にそうなる感じがあった。(中略)だから、本当の意味で絵を見せてもらっているのは、実はわたしたちのほうかもしれなかった。

(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』から引用)

 

つまり、見える人が、美術館に足を運び、長い列に並び、入場料を払い、やっとのことで見た作品でも実は見えていないもののほうが圧倒的に多いのかもしれないと川内さんは言う。その点、白鳥さんのように目の見えない人が隣にいることで、普段使っている脳の取拾選択センサーがオフになると、視点は作品を自由にさまよい、細やかなディテールにまで目が留まるようになる。すると、今まで見えていなかったものが急に見えてくるのだそうだ。しかし、山内さんは2年間にわたり、白鳥さんとさまざまな作品見続けた感想をこう記している。

 

一緒に作品を見る行為の先にあるものは、作品がよく見えるとか、発見があるとか、目の見えないひとの感覚や頭の中を想像したいからではなかった。ただ一緒にいて、笑っていられればそれでよかった。ものすごく突き詰めれば、それだけに集約された。

(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』から引用)

 

本書は、白鳥さんという美術館通いが大好きな全盲者を通して、障害者たちの本音に迫り、また健常者は彼らとどう関わっていくべきなのかを教えてくれる。障害を持つ人の話はともすると暗くなりがちだが、この本は白鳥さんの人柄や意欲もあってか、ユーモアに満ちていて、読んでいてポジティブな気分になれるのがとてもいい。

 

【書籍紹介】

 

目の見えない白鳥さんとアートを見にいく

著者:川内有緒
発行:集英社インターナショナル

全盲の白鳥建二さんは、年に何十回も美術館に通う。「白鳥さんと作品を見るとほんとに楽しいよ!」という友人マイティの一言で、アートを巡る旅が始まった。絵画や仏像、現代美術を前にして会話をしていると、新しい世界の扉がどんどん開き、それまで見えていなかったことが見えてきた。アートの意味、生きること、障害を持つこと、一緒に笑うこと。白鳥さんとアートを旅して、見えてきたことの物語。

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