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歴史
2023/2/15 21:30

ことわざの裏にある各国の言語・歴史に迫る『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』

猫でテーブルを拭くおばあちゃんのイラストと、そのタイトルに惹きつけられて手にした『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』(金井真紀・著/岩波書店・刊)。電車に乗っていた30分間で全部読めてしまったが、とてもおもしろく、本棚の目立つ場所に入れ、ときどき読み返そうと思っている。

 

本書は、月刊誌『世界』で著者の金井さんが3年間連載した「ことわざの惑星」をベースに、世界ことわざ紀行として一冊にまとめたものだ。

 

おみやげより、ことわざを

イラストレーター兼文筆家の金井さんは、あらゆる場所で出会った人々の言葉や身振りを拾い集めた作品を生み出していて、著書には『世界はフムフムで満ちている』、『世界のおすもうさん』、『戦争とバスタオル』などがある。

 

この本を書くにあたり、彼女は自身のことを「闇ことわざ商」のようだったと記している。海外に出かければ必ずことわざを探すのはもちろんのこと、友だちが海外旅行と聞けば、お土産はいならいから、おもしろいことわざを見つけてきて、と頼んでいたそうだ。さらに、海外ルーツの人、翻訳家、人類学者、言語学者に会ったときも、知っていることわざを聞き出していたという。そうして採集し、まとめたのが本書で、フィンランド語、マオリ語、バスク語、ズールー語、アラビア語、台湾語などなど、36言語のことわざが収録されている。

 

ことわざ採集の過程で、いろんなことを知りました。宗主国が植民地の言語を力ずくで排除したこと、独裁者に禁じられた言語を亡命先で守った話、すでに消滅した言語について、小さな言語が消えないように奮闘している人のこと……。ことわざの向こうに、言語や文字をめぐるさまざまなドラマが見え隠れして、そのたびに胸を熱くしました。

(『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』から引用)

 

金井さんはそのように語っている。では、本の中からいくつかを紹介してみよう。

 

おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った

タイトルにもなっているフィンランド語のことわざだ。正確には、「やり方はいくらでもある」と、おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った。意味は、「意外なところに道がある、解決策はひとつではない」ということ。

 

おばあちゃんの大胆さに笑っちゃうけど、背景にはフィンランドに息づく「sisu(シス)」の精神がある。シスは困難な状況でも粘り強く進む勇敢さを言い、「フィンランド魂」と訳されることも。

(『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』から引用)

 

困ったときも、こんなユーモアのあることわざで乗り切ろうというフィンランドの人々の芯の強さを感じる。

 

チャペラをかぶって、世界を歩こう

バスク語のことわざで、チャペラとはベレー帽のことでバスク地方が発祥とされている。意味は、「自分のルーツを大事に世界に出ていこう」ということ。金井さんにこのことわざを教えたバスクの人は、マイノリティーならなおさらそれが大事です、と言ったそうだ。

 

バスク人はどんどん世界に出かけていった。船を操る技術を見込まれて探検家コロンブスの船員になった者もいる。日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルも、フィリピンの初代総督も、ボリビアのポトシ銀山の開発者もバスク人だ。南米では今でもバスクにルーツをもつ人の割合が高い。

(『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』から引用)

 

ちなみにバスク語はほかのどの言語とも似ていないため、ヨーロッパでは一番ミステリアスな言語、と言われているそうだ。

 

タコのように死ぬな、シュモクザメのように死ね

マオリ語のことわざ。マオリはニュージーランドの先住民族だ。人に捕まったタコは歯向かうことなく死を受け入れ、シュモクザメは命が尽きるまで抵抗するという意味で勇敢さを尊ぶマオリらしいことわざともいえる。

 

マオリといえば、ラグビーのニュージーランド代表「オールブラックス」が戦いの前に士気を高める”ハカ”が有名だ。ハカはマオリの舞踏歌で、力強く声を揃えて、大地を踏むのだ。

 

約1000年前に海を渡ってきたポリネシア人が定住し、マオリとなる。マオリ語には文字がなく、歴史や文化は話しことばで継承された。ハカもそのひとつ。19世紀半ばに大英帝国の植民地になると、マオリの土地は奪われ、人口も激減した。しかしマオリは根気強くデモや政府への働きかけを続けて、1987年マオリ語は公用語となった。

(『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』から引用)

 

良いことをしたら水に流せ

これはアルメニア語のことわざで、意味は、善行の見返りを求めるな、だそうだ。日本で「水に流す」のは過去のいざこざだから、まるで違う。アルメニアでは良い行いをしても、忘れることが大事と説いている。

 

一方で、アルメニア人は歴史を守ることには命がけだ。「ムーシュのトナカン」という1202年に完成した重さが28キロもある巨大な本がある。何人ものアルメニアの執筆者が宗教、哲学、歴史について書き、絵が添えられた美しい本で市民の宝物となった。

 

侵略してきたテュルク軍に本が奪われたときは、みんなでお金を出し合って買い戻した。20世紀、オスマン帝国が大量虐殺をおこなった際には、本を半分に分けて一方を地中に埋めて隠し、他方を人から人へ手渡しで避難させた。人々が命がけで守った本は現在、マテナダラン古文書館で大切に保存されている。

(『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った』から引用)

 

この他にも世界のさまざまな民族の文化、そして歴史が垣間見れることわざが詰まったのが本書。素敵なイラストとともに絵本のような体裁になっているので、親子でページを開くのも楽しいだろう。

 

【書籍紹介】

おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った

著者:金井真紀
発行:岩波書店

好奇心とスケッチブックを手に、ことわざを集める旅に出発! マレーシアでは旅することを風を食べると言い、フィンランドではやり方はいくらでもあると猫を布巾に。エチオピアではヒョウの尻尾をつかんでサバイバル。発想にびっくり、教訓に納得。36言語の心が喜ぶことわざ、ステキな文字を、イラストとエッセイで紹介。

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