こんにちは、書評家の卯月 鮎です。オリジナルソングを作って告白した、告白された経験はありますか? これ、思っているよりも多いようで、私はないものの、女性の友だち2人は告白されたと言ってました。
ひとりは「自分の名前が歌に入っていて気持ち悪かった」とのことですが(笑)、もうひとりは「私のために一生懸命作ってくれてうれしかった」と好印象だったので、両極端の一か八かの作戦かもしれません。いずれにせよ、今回紹介する本を読んでいると、好きな人のために曲を作るという行為は定番なんだなと思います。
名曲のスキャンダラスな舞台裏を解説
『名曲の裏側 クラシック音楽家のヤバすぎる人生』(渋谷ゆう子・著/ ポプラ新書)の著者は、音楽プロデューサー、音楽ジャーナリストの渋谷ゆう子さん。音楽ジャーナリストとして国内外で取材活動を行い、音楽雑誌やオーディオメディアでの執筆多数。著書に『ウィーン・フィルの哲学 至高の楽団はなぜ経営母体を持たないのか』(NHK出版)があります。
ベートーヴェンの曲に隠された失恋
本書は少し堅苦しい印象のあるクラシックを、作曲家のエピソードを通じて親しみを持ってもらおうというアプローチ。スキャンダラスなゴシップたっぷりで、あの偉大な作曲家も私たちと同じように(もしくはそれ以上に)、恋に悩み苦しんでいたことがわかります。
そして“ヤバいエピソード”を並べて終わりではなく、そこから生まれた名曲を聴けるSpotifyのQRコードが掲載されているのが本書の工夫。興味が湧いたらすぐにスマホで楽しめます。
第1章は「名曲はフラれ続けたからこそ生まれた!? 生涯独身、恋愛不遇のベートーヴェン」。「楽聖」とあだ名されるベートーヴェンですが、その性格は気難しく変わり者。愛する女性にことごとく振られた生涯だったそうです。
ベートーヴェンは恋に落ちると相手に手紙や曲を贈りまくり、友人にも「もうめちゃくちゃ可愛い子がいるんだがww(著者の渋谷さんによる意訳)」という手紙を書きまくっていたとか。
ベートーヴェンのエピソードのなかでも私が驚きだったのが、「エリーゼのために」について。40歳を過ぎたベートーヴェンが恋したのは、友人の紹介で出会ったテレーゼという女性。それがなぜ「エリーゼのために」という曲になったのかというと、彼女に贈った楽譜に書かれていたタイトルの字が汚すぎて「エリーゼ」にしか読めなかったから……。美しい曲でも、贈られた女性の気持ちを考えると女心に響かなかったのだと思う、とは渋谷さんの厳しい指摘。私も字が汚いのでこの失敗は身につまされます。
43歳で初めて授かった娘のために作られたドビュッシーの「子供の領分」、社交界の華アルマへの想いを交響曲に無理やりねじ込んだマーラーの「愛の楽章」、大富豪未亡人の推し活に支えられたチャイコフスキーの「白鳥の湖」……。女性にだらしなかったり、借金まみれだったりと、美しい旋律の裏に隠れた赤裸々な事情が明かされます。
こうした切り口は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、クラシックへの扉を開けるきっかけになることは確か。名曲に対する渋谷さんの解釈や熱のこもったオススメコメントも読みどころで、多くの人に聴いてほしいという音楽への愛を感じます。
私は、リヒャルト・シュトラウスが鬼嫁との騒々しい生活を曲にしたという「家庭交響曲」が気になって、QRコードを読み込んで聴いてみました。なるほど、そういうことなんですね(笑)。
【書籍紹介】
名曲の裏側: クラシック音楽家のヤバすぎる人生
著:渋谷ゆう子
発行:ポプラ社
音楽家の人生を知ると、あの名曲がもっと深まる。読みながら楽曲を聞いて楽しめる、プレイリスト付き! ある者は女性問題に頭を抱え、ある者はお金の工面に泣き、またある者は鬼嫁に責め立てられ……。クラシック音楽という高尚で優美なイメージから程遠い一面に注目することで、偉大な音楽家たちがのこした名曲を、より味わい深く楽しむことができます。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。