こんにちは、書評家の卯月 鮎です。新書好きには嬉しいニュースがありました。早川書房から「ハヤカワ新書」が創刊されたのです。同社の新書は2010年に終了した「ハヤカワ新書juice」以来13年ぶり。
新書は出版社ごとに、自然科学系が得意、時事ネタに強いなど少しずつカラーに違いがあります。版元の早川書房によれば、特色である「SFやミステリの視点も生かした新しい切り口によって、読書の楽しみを更に広げる書籍を企画していきます」とのこと。ハヤカワ新書がどういった新書レーベルに育っていくのか、今後のラインナップが楽しみです。
サイエンスライターが古生物大国・日本を空想!?
さて、今回紹介する新書は『古生物出現! 空想トラベルガイド』(土屋 健・著/ハヤカワ新書)。著者の土屋 健さんはサイエンスライター。科学雑誌「Newton」の編集記者、部長代理を経て、現在はオフィス ジオパレオント代表。特に地質学、古生物に造詣が深く、著書に『リアルサイズ古生物図鑑 古生代編』(技術評論社)などがあります。
ナウマンゾウは現代日本でどう暮らす?
本書前半の「“あちら”の世界」では、今は化石でしか見られない古生物が、時空を歪める霧によって現代に出現したら……という、古生物が観光資源としても活かされている“ifの日本”のトラベルガイドになっています。
エピソード1は「千葉県――多様な古生物が出現する房総半島」。成田国際空港には「ゾウ注意灯」が設置されています。空港の滑走路に霧が現れると、ゾウ注意灯が点灯し、上空の航空機は待機状態に。歩いてきたのは肩の高さが2.7mほどもあるナウマンゾウの群れ。滑走路をゆっくりと30分ほど歩いて、再び霧のなかに消えていきます……。
こんなリアルな空想が披露されていくのです。成田国際空港ではその様子を中継し、「ナウマンゾウに会えるかもしれない国際空港」として観光客も微増しているとか!? 飛行機とナウマンゾウの組み合わせはロマンに満ちていますね。
ほかにも、群馬県では神流町の鯉のぼり祭りに恐竜スピノサウルスが顔を出し、福井県の苔寺として知られる白山平泉寺では境内をフクイサウルスやフクイティタンなど多くの恐竜がのし歩く。大阪・造幣局近くの大川には桜の季節に10m以上のナガスクジラが泳ぐ……。「観光地×古生物」という想像力を刺激する、ありえざるコラボの数々。マンガ風のイラストが小さくモノクロなのが少々惜しまれるところです。
後半の「“こちら”の世界」では、なぜそのような光景になったのか、各地の博物館の学芸員に取材して得られた情報を解説するパートになっています。たとえば成田国際空港の北方に位置する成田市猿山では、実際にナウマンゾウの化石が発見されているそうです。
古生物が“出現”した観光名所と、元ネタとなった化石がある博物館が地図入りで紹介され、実際に足を運んで空想の源を確認できる作りになっています。
それぞれの古生物を詳しく説明した「生き物本」というよりは、日本のあちこちで多様な古生物が暮らしていたという驚きの事実を鮮やかに伝える一冊。化石好きは旅先でこうした空想をするそうですが、なるほど、脳内ARともいえる、古生物が身近に生きる姿は心を強く惹きつけます。
化石に関するうんちくも豊富で、博物館に行って学芸員さんの話を聞いている気分。「時間とページの都合」で、取り上げられているのは神奈川県、北海道、福井県など9道府県。全国版も待たれるところです。
【書籍紹介】
古生物出現! 空想トラベルガイド
著:土屋 健
発行:早川書房
公園でナウマンゾウと散歩、潜水艇でアンモナイト見物。日本は古生物天国(パラダイス)だ! 今は化石でしか見ることのできない古生物が、もしも現代の日本に蘇ったとしたら、どこでどのように暮らしているだろうか? ナウマンゾウやカムイサウルスが街を闊歩し、翼竜が空を飛ぶ、そんな「もしもの世界」を旅してみよう。架空の旅のガイドブックを通して、北の古生物天国・北海道から、おなじみ恐竜王国・福井、さらには関東、中部、近畿まで、化石の発見が相次ぐ古生物天国・ニッポンの魅力を味わい尽くす。想像力をかき立て、早速本書を携えて古生物と“触れ合う”旅に出たくなる一冊。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。