こんにちは、書評家の卯月鮎です。正直言って見た目は今ひとつ。高級な食材が入っているわけでもなく、食感もモグモグ。それでも夏祭りで無性に食べたくなるのが屋台の焼きそばでしょう。
プラスチック容器にギュウギュウに詰め込まれている焼きそばを見ると、自然とテンションが上がります。みんなで少しずつ分けて食べられるのもいいですね。長い間、姿形も変わらず、嫌いという人はほとんどいない。ソース焼きそばは国民食といえるかもしれません。
なぜソースで麺を炒めたのか?
今回紹介する新書は『ソース焼きそばの謎』(塩崎省吾・著/ハヤカワ新書)。なぜ麺を醤油ではなくソースで炒めるようになったのかを軸に、ソース焼きそばの歴史に迫ります。著者の塩崎省吾さんはブログ「焼きそば名店探訪録」の管理人。国内外1000軒以上の焼きそばを食べ歩き、テレビ、ラジオなどメディア出演も多数。本業は実名口コミグルメサービス「Retty」のITエンジニアで、「焼きそば」も担当しています。
最古のソース焼きそばは大正の浅草!?
本書は電子書籍『焼きそばの歴史』の上巻を加筆修正して新書版として改訂したもの。第1章は「ソース焼きそばの源流へ」。ソース焼きそばは長年、戦後の大阪・ヤミ市が発祥というのが通説でした。しかし、ここ10年ほどでその説に異が唱えられ、戦前にソース焼きそばが存在していたことが当時の小説や露天商売の指南本から明らかになったそうです。戦前から東京・浅草界隈ではソース焼きそばが食べられていたとは驚きですね。
焼きそばを食べ歩くのが趣味の塩崎さんは、その起源や伝播を解明するため、老舗を訪ねているそうです。戦前からソース焼きそばを提供しているという浅草周辺の老舗3軒「浅草染太郎」「大釜本店」「デンキヤホール」。当時から本当に”ソース焼きそば”は存在したのか? お店の方の証言と昔の文章、随筆などを検証していくと……。
実はお好み焼きから派生したというソース焼きそばの起源をたどる調査は、歴史ミステリーのような読み応えがあり、引き込まれます。さながら、塩崎さんは焼きそば探偵といったところでしょうか。
第2章は「ソース焼きそばの発祥に迫る」。浅草の老舗「デンキヤホール」では、大正初期からソース焼きそばのメニュー「オム焼き(ソース焼きそばを薄焼き玉子で巻いたもの)」を出していたという証言を得た塩崎さん。当時の中華麺の入手方法や仕入れ価格などを検証していると、明治時代以降の日本の近代化にまつわる裏側が見えてきました……。ソース焼きそばという切り口から話は意外な方向へ。
第3章は「戦後ヤミ市のソース焼きそば」、第4章は「全国に拡散するソースの香り」。小麦文化とソース文化の両面から日本のソース焼きそばを深掘りしていきます。
グルメガイドではなく、食文化史研究本の力作。新書としてはかなりの厚みで、屋台の大盛り焼きそばのような満足感がありました。戦前の資料にも丁寧に目を通していて、著者のソース焼きそばに対する熱々の愛情がよく伝わってきます。
「鉄板で焦げるソースにも似た、むせ返るほど濃密で刺激的な歴史探究の成果を、存分にご堪能いただきたい」と塩崎さん。ラーメンはすでに海外でも行列ができるほど人気ですが、ソース焼きそばも100年に及ぶ歴史がある日本のソウルフードなのですね。
【書籍紹介】
ソース焼きそばの謎
著:塩崎 省吾
発行:早川書房
焼きそばと聞いて誰もが思い浮かべる、ソースの香り。世代を超えて親しまれてきたソース焼きそばは、いつどこで生まれたのか? 本書は、近代の食文化史において詳述されてこなかった“ブラックホール”に光を当てる興奮の歴史ミステリー。ソース焼きそばの通説であった「戦後誕生説」よりさらに遡り、追究の対象は第二次大戦前、大正、明治期へと展開。そこでキーワードとして浮かび上がるのは、明治政府の悲願でもあった「関税自主権」の回復と、日清製粉の前身である館林製粉から消費地・東京への製品輸送に深く関わった「東武鉄道」の存在。
国内外の焼きそばを1000軒以上食べ歩いてきた著者が、多数の史料をひもとき、全国の名店を取材して焼きそばのルーツに迫る。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。