こんにちは、書評家の卯月鮎です。ここ最近気になっているのは猫のおもちゃ。猫の顔を模した飾りやハート型の穴など、人間が見たらかわいいと思う形があしらわれていますが、猫はあれをどう認識しているのでしょうか?
キャットフード、いわゆるカリカリも、魚型、お花型など凝ったものを見るにつけ、猫が「魚の形だ! おいしそうだニャ~」と思っているはずはないよな……と(笑)。
見た目の意味性、均等の取れた美しさ、使いやすさ……と形にはさまざまな意味があり、それが猫視点となるとより複雑ですね。
熟練のプロダクトデザイナーが語る”かたち”
さて、猫のことはひとまず置いといて、今回は人間界の話。『かたちには理由がある』(秋田道夫・著/ハヤカワ新書)は、プロダクトデザイナーである秋田道夫さんの著書。トリオ(現JVCケンウッド)、ソニーを経て、1988年からフリーランスとして活動を続け、LED式薄型信号機や交通系カードチャージ機、身近な日用品まで幅広くプロダクトデザインを手がけてきました。著書に『自分に語りかける時も敬語で』(夜間飛行)、『機嫌のデザイン』(ダイヤモンド社)があります。
信号機の背面に隠された秘密
第1章「デザインとは「素敵な妥協」をすること――「発想」と「制約」のはなし」では、プロダクトデザイナーの仕事内容と秋田さんの代名詞とも言えるLED薄型信号機の制作秘話が軸になっています。普段何気なく見上げているあの信号機にも、実はさまざまなデザイン上の工夫が施されていました。
仕事の意外なつながりをきっかけに、信号機メーカーからLED薄型信号機のデザインを依頼された秋田さん。信号機は規制が多い製品のため、全体の寸法もパネル部のサイズもあらかじめ決まっています。最初は「ほとんどやりようがない」と感じた秋田さんですが、逆に「やりようもないものをデザインする」のがプロダクトデザインの面白いところと切り替えて、難題を乗り越えたそうです。
LED薄型信号機のデザインのポイントは「要素を減らす」と「背面のデザイン」。まず旧来の信号機にあった、パネルを囲む歌舞伎の隈取りのような段差をなくし、かたちを複雑にする要素を減らしました。
見られることが多い背面は、カーブをつけて丸みをもたせることで、横から見て信号機が薄い印象を与えるようにしたそうです。さらにスーツケースのように強度を上げたい、見た目的にものっぺりさせたくないという理由から背面に5本の縦溝を入れました。「『なんでもない』、しかし『美しい』というその塩梅が大切」。秋田さんの言葉からは、”かたち”の真髄のようなものが伺えます。
棺の中に眠っていたワインが起き上がるというコンセプトから生まれた「一本用ワインセラー」、円筒形を意識した六本木ヒルズのセキュリティゲート、直径と高さがどちらも80mmの湯呑み「80mm」……。全3章立てで秋田さんが自らのデザインについて、そのとき何を考えたのかが語られていきます。口絵には製品のカラー写真もあり、見比べてなるほどと思うこと請け合い。本書には、謎解きの答えが明かされたときのような驚きと納得感があります。
「すでに飽きられているので、飽きられようがない」「やりきらないことが大事になる」「スケッチは美しき誤解」「素材のわがままに付き合うとこれが意外にうまくいく」……。秋田さんの言葉は柔らかくもキャッチーで、本質をすっと切り取って提示してくれます。それは哲学的。
デザインの秘密を解説する本ですが、読んでいるうちに世界のあるべき姿とは何か、私は世界をどんな風に見ているのか、そんなことがふつふつと頭に浮かんできます。”かたち”についての思考は、自らが立っている場所と人生への考察でもあるかもしれません。
【書籍紹介】
かたちには理由がある
著:秋田道夫
発行:早川書房
デザインは「素敵な妥協」。大量に使われる製品は「研ぎ澄まされたふつう」でなければならない――LED式薄型信号機、交通系ICカードチャージ機、トートバッグ、カトラリーなど、公共機器から生活用品に至るまでさまざまな「かたち」を手がけてきた人気プロダクトデザイナーがはじめて語る、「かたち」をめぐる思考。人が直感的に「いいな」と思うデザインの背後には、いったいどんな「理由」が隠されているのか? デザインに込められた意味や価値、そして観察を通して読み解くコツを語る。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。