こんにちは、書評家の卯月鮎です。文明崩壊後の世界を舞台にした「ポストアポカリプスもの」は、SF小説でもゲームでも人気のジャンルです。
もともと緑豊かな自然を人間が切り拓いて建造物を作ったものの、それが再び植物に覆われていく……そうした、時の大きなうねりが私達の心を揺り動かすのでしょう。
秘境駅も似ているのかもしれません。鉄道が多くの人を運び、賑わっていた時代は終わり、名残として駅がそっと佇む……。秘境駅、寂しく誘惑的な響きです。
「空鉄」写真家が秘境駅を巡礼
今回紹介する新書は『秘境駅への旅 そこは、どんな場所なのか』(吉永陽一・著/交通新聞社新書)。著者の吉永陽一さんは写真作家。10年ほど前から長年の憧れであった「空撮鉄道写真」に挑戦し、「空鉄(そらてつ)」と名付けて独自の空撮鉄道世界を作っています。著書に『空鉄の世界』(日本写真企画)、『空鉄 諸国鉄道空撮記』(天夢人)などがあります。
人気の物置待合室に秘められたエピソード
「秘境駅」とは、人里離れた自然のなかに存在し、立地的にも鉄道以外で向かうことが難しい駅。普段は空撮鉄道写真を手掛ける吉永さんですが、本書では陸から20以上の秘境駅を訪れています。
まず第1章「秘境中の秘境駅を訪れる」の冒頭は、旭川と稚内を結ぶJR北海道・宗谷本線の糠南(ぬかなん)駅。もともと入植者のための仮乗降場が正規の駅へと昇格したもので、車体の半分以上がはみ出る短い板張りホームに物置を改造した待合室だけが置かれる、秘境駅ファンにはおなじみの駅だそうです。
春を迎える道北の稚内空港へ飛び、翌朝の稚内駅始発列車に乗車した吉永さん。ディーゼルカーは朝靄をかき分けて南下し、やがて糠南駅に到着。吉永さんが降りて乗客がゼロとなった列車が去ると一帯に静寂が訪れます……。
糠南駅の象徴とも言えるのが、スライド式窓がつけられたスチール製物置を改造した待合室。帰りがけに、幌延町役場で職員に話を聞いたところ、この物置は1986年に受注生産されたもので、国鉄時代末期に幌延町が購入したとのこと。
秘境駅を紹介する番組でドアの立て付けが悪かったシーンが放映され、それをたまたま見た製造元の淀川製鋼所の社長が「社の名折れ」ということで社員を派遣し、無事修繕されたとのエピソードも紹介されています。
単に駅を訪れるだけでなく、なぜそこに物置があるのか、そんな疑問を掘り下げたり、地元の人との交流があったり、各秘境駅の特色と味わいを引き出しているのが本書の醍醐味です。
全体を通して落ち着いた語り口で、時がゆっくりと流れる秘境駅の情景がありありと浮かんできます。「駅を開業するときは、秘境にするために開業させたわけではない」と吉永さん。秘境駅が抱える矛盾、興味本位で足を運ぶことの罪悪感。それらが意識され、本書のペーソスにつながっています。
秘境駅は私達にどんなメッセージを残しているのでしょうか。
【書籍紹介】
秘境駅への旅
著:吉永陽一
発行:交通新聞社
人里から離れている駅、本数が少ないためなかなかたどり着けない駅、かつては賑わっていたのに過疎化で乗降者数が減った駅…一言で秘境駅といってもその在り方は様々。
20を超える秘境駅を訪ね歩いた筆者が、地域の方との語らいや駅周辺の撮影の中で見出した魅力を伝えます。「空鉄」写真家、吉永による空からの景色もお届け!
楽天koboで詳しく見る
楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。