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2024/3/23 6:00

「公爵」と「伯爵」はどう違う? イギリス貴族の過去と未来、そして生存戦略とは!?~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月鮎です。ファンタジー小説を読んでいると中世ヨーロッパ風世界の「貴族」がしばしば登場します。しかし、なんとなく身分が高い、かなりのお金持ちというぼんやりとしたイメージで、貴族とは何かいまひとつピンとこないですよね。日本の貴族というと平安貴族が思い浮かびますが、ヨーロッパとはかなり違うでしょうし……。というわけで、今回は「貴族」とは何なのか、勉強したいと思います。

 

イギリス政治外交史の第一人者が明かす貴族

教養としてのイギリス貴族入門』(君塚直隆・著/新潮新書)の著者・君塚直隆さんは、歴史学者で関東学院大学国際文化学部教授。専攻はイギリス政治外交史、ヨーロッパ国際政治史。『立憲君主制の現在』(新潮選書)、『エリザベス女王-史上最長・最強のイギリス君主』(中公新書)など著書多数です。

 

チャーチルが公爵位を拒否した理由とは?

今でも世界で唯一の「貴族院」が残るイギリス。第1章「イギリス貴族の源流と伝統」では、貴族が誕生した経緯や厳密な序列について解説されます。

 

「公爵」「侯爵」「伯爵」「子爵」「男爵」という5つの爵位。みなさんはこの区別がつきますか? 私はすぐごちゃごちゃになってしまいます。位がもっとも高いのは「公爵(duke)」。ローマ帝国の時代に各地に派遣された軍団の司令官(dux)に由来します。他の爵位とは別格扱いで、襲名すると必ず爵位名は地名になるという慣習があるそうです。

 

英国首相ウィンストン・チャーチルのエピソードは興味深いものがありました。マールバラ公爵家の家柄に生まれながらも、生涯を平民として過ごしたかった彼は、第二次世界大戦の英雄となった後、公爵の位を打診されるもきっぱり断ったのだとか。その理由は公爵になるとチャーチルという姓が消えてしまうからともささやかれたそうです。

 

そのほか、公爵と子男爵では所有する土地の面積が10倍ほど違う、イギリス宮中の席次は伯爵より公爵の長男のほうが上など、何かにつけて「公爵」が特別なことがわかります。

 

第3章「栄枯盛衰のイギリス貴族史」で披露される、有名貴族5家のエピソードは海外の貴族ドラマのダイジェストのようで読み応えあり。

 

現代イギリスに残る24の公爵家のひとつ、デヴォンシャ公爵家は、18世紀末に跡を継いだ5代公ウィリアムが奔放な夫婦生活を送り、6代公ウィリアム(父と同名)は庭園造りに熱中。イギリスを訪れた岩倉使節団の面々を圧倒した巨大噴水を造らせ、巨額の負債を抱える……。このあとデヴォンシャ公爵家はどうなってしまうのか? ロマンスあり、ビジネスでの成功ありと、まさに波乱万丈です。

 

現代の貴族がどのような生き方を選択したのかわかるラストの第5章も、したたかでしなやかな貴族の一面が見られて味わいがありました。「教養としての」というタイトル通り、イギリス貴族について網羅的にまとめられていて、知識の新しい領域が満たされる感覚。お金や結婚など私たちに身近なエピソードもちりばめられていて、読みやすくなっています。

 

「イギリス貴族には、現代にも生き残っていけるだけの柔軟性と伸縮性が備わっている」と君塚さん。「貴族」のイメージがかなりくっきりしました。

 

【書籍紹介】

教養としてのイギリス貴族入門

著者:君塚直隆
発行:新潮社

世界で唯一の貴族院が存続する国、イギリス。隣国から流れる革命の風、戦争による後継者不足、法外な相続税による財産減少――幾度もの危機に瀕しながらなお、大英帝国を支え続ける貴族たちのたくましさはどこから生まれたのか。「持てる者」の知られざる困難と苦悩を辿りながら、千年を超えて受け継がれるノブレス・オブリージュの本質に迫る。イギリス研究の第一人者が明かす、驚くべき生存戦略。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。