先達の意思を紡いで進化する粋なエスプリ
好奇心が旺盛で、海外の食文化にも明るいマスターと、その影響を自然に受けて育ったソムリエの泰行さん。そんな「水新菜館」にはもちろん「あんかけ焼ソバ」以外にも珠玉のメニューが揃う。たとえば、ルックスからして目を引く「葱油鶏」(むしどりのネギ風味)だ。
しっとり柔らかく蒸し上げた鶏むね肉に、黒胡椒がたっぷりかかったこの一皿。スパイシーながら想像以上に辛味はなく、白髪ねぎ、針しょうが、香菜(パクチー)のアクセントも芳醇だ。
また、同店の点心で昔から人気なのが、40年以上前から提供している「小籠包」。当時は提供している店が珍しく、同世代の中華料理店オーナーとともに開発した力作だ。一方、素材を見直したことでよりおいしさを増したという「イベリコ酢豚」のような、独自色の濃い料理もある。
黒酢ではない、糖醋(タンツゥ)という日本おなじみの甘酢タイプで、玉ねぎやきゅうりなどの野菜もたっぷり。そしてイベリコ豚の味を生かす意味でも、このソースけがマッチしている。ワインは、爽やかでフルーティかつハーバルでスパイシーな「アンソランス」というプロヴァンスのロゼが好マリアージュ。
なお、店名の由来は、創業者の名前と当時の業態を掛け合わせたもの。初代の寺田新次郎さんが果物店と併設して水菓子業、いわゆるフルーツパーラーを営んでいたことから、”新”次郎の”水”菓子店として「水新」がスタート。その後、あんみつなども提供する甘味処となり、やがてラーメンや焼きそばも出す甘味中華に。
伝統は脈々と受け継がれ、現マスターは1974年に4代目店主となる。その際、改装するとともに甘味中華から、より食と酒を楽しめる街中華へと業態を変え、店名も「水新菜館」に。
ただ、変えるといっても常連や先達の意思を受け止め、ガラっとではなく一部を残して進化させる。しかも独自のセンスと持ち前のバイタリティで、どこにもないスタイルに。これが下町ならではの、粋な計らいというものだろう。
そして、ひねりの効いたエスプリは、5代目の泰行さんにも受け継がれている。ぶどうなどを扱う果物店を離れてから時を経て、ぶどう酒を扱うワイン業態として一部が戻ったことは、決して偶然ではない。こうして初代から続く“水”脈は、“新”しい時代を迎えてますます勢いよく流れていくのだ。
撮影/我妻慶一
【SHOP DATA】
水新菜館
住所:東京都台東区浅草橋2-1-1
アクセス:JR総武線ほか「浅草橋駅」東口徒歩3分
営業時間:11:30~15:00(L.O.)、17:30~20:45(L.O.)
定休日:日曜、第2・4土曜