東京都中央区の日本橋兜町といえば、東京証券取引所があることから「日本のウォール街」と呼ばれ、国内随一の金融街として知られています。電車の駅名でいえば、東京メトロの茅場町駅の周辺。実は筆者、20年以上前にこのあたりで先物取引の業界新聞を配るアルバイトをしていました。懐かしいなぁ……。その兜町がいま、若者が集まるオシャレな街として生まれ変わりつつあるのだとか。そんな街にまた一軒、面白い店がオープンしました。それが、ブルワリーパブ形式の「平和どぶろく兜町醸造所」です。
気鋭の蔵元がどぶろくを醸造・提供するお店
ブルワリーパブとは酒の醸造所と酒場が一体化した業態で、その名の通り、同店はどぶろくを醸造して提供するお店です。どぶろくとは、米を発酵させた日本酒のもとである「醪(もろみ)」をろ過せず濁った状態のまま飲む酒。米粒や麹、酵母がそのまま入っており、フレッシュで独特の甘みや旨みが楽しめます。それにしても、ビールのブルワリーパブはよくありますが、どぶろくのブルワリーパブとはいかなるものか……。
そんな「平和どぶろく兜町醸造所」を運営するのは「紀土」(きっど)の銘柄で有名な和歌山県の日本酒蔵・平和酒造です。「紀土」はキレイな酒質のお酒をリーズナブルな価格で出していて、日本酒好きの筆者から見て、とても良心的な蔵だなという印象。ちなみに、かつて筆者が日本酒の本を作ったときには、ご迷惑をお掛けしたなぁ……。
一方で、近年は都内飲食店などを中心にコラボイベントを盛んに行い、従来の蔵元の枠を超えた新しい取り組みを行う蔵、という印象もあります。2021年にはサッカー元日本代表の中田英寿氏とタッグを組んで新たな梅酒を開発したほか、実業家・堀江貴文さんとの縁でロケット打ち上げ事業の応援酒を造ったことも。こうした取り組みを積極的に推進する張本人が、平和酒造の代表取締役社長・山本典正さんです。
↑気鋭の蔵元として知られる平和酒造の代表取締役社長・山本典正さん
兜町に活気を取り戻すプロジェクトが開店のきっかけ
まずは、なぜ和歌山の酒蔵がこの兜町にどぶろくのお店を出したのか? 出店のきっかけについて山本さんに聞いてみました。すると、日本の証券取引所のオーナー・平和不動産が大きく関わっているそう。なんでも1999年に東京証券取引所の「株券売買立会場」が閉鎖されて以降、兜町から証券マンの姿が減って街から活気がなくなっていた……これを憂慮した平和不動産が2014年に立ち上げたのが、「日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト」。同プロジェクトは、金融系ベンチャー企業の起業・発展を支援するほか、かつての金融施設をリノベーションして飲食店やホテルを誘致することで、地域の活性化を促すというもの。「平和どぶろく兜町醸造所」の開店もその一環だといいます。
「平和不動産さんとたまたまご縁があり、『木造の面白いビル(KITOKI)を造るんだけど、その1階で面白いことをやりたい。山本さん、何か手伝ってくれませんか?』とお声がけ頂きまして。そのとき、先方はクラフトビールなどを提供してくれたらいいな、と思っていたみたいですが、僕は『それよりは、日本酒の文化を広げられるような、米麹を使ったどぶろくを造りたい』と説得してこの店を設立しました。くしくも江戸時代、灘(兵庫県)から樽廻船が寄港して下り酒(上方で造られ、江戸へ運ばれた酒のこと)が届いたのが、ここ兜町・茅場町。その縁を感じるところがありますし、私は“どぶろくは西の文化”だと思っているので、下り酒と同様、また東京で発信していきたいと思っています」(山本さん)
店内では常時10種類ほどのどぶろくを醸造
山本さんにご案内頂き、カウンターの内側にあるヒミツのトビラの中へ案内されました。そのトビラを開けると……何と、そこがどぶろくの醸造所。狭い部屋に置かれた冷蔵庫の中には大きなバケツほどのタンクがいくつも並び、発酵の真っ最中。常時10種類程度、合計で12~13本程度を造っているとのこと。本当にこの都会のど真ん中でどぶろくが造られているんですね。何だかちょっと感動です。
↑冷蔵庫内でタンクでもろみを発酵させています。庫内の温度が7~8℃、もろみの温度は8~9℃くらいとのこと
自慢のどぶろくと和歌山のおつまみを頂く
では、ご自慢のどぶろくを頂いていきましょう。まずは和歌山の酒蔵で造ったどぶろくのレギュラー酒「平和どぶろくprototype#2」を頂きました。こちらのアルコール度は11度と通常の日本酒の15度よりもだいぶ低いのですが、生酒特有のプチプチした発泡感があり、フレッシュでキレもよく、ウマイ! 普通の生酒として見てもかなりおいしいです。
このあと、ホップを使ったどぶろく、小豆を使ったどぶろくを頂きました。うわぁ、どちらも個性的な味。ホップを使ったどぶろくは甘さ控えめの爽やかな香りが特徴で、後述する山椒のポテトチップスと合わせると香味を引き立て合い、相性は抜群でした。小豆のどぶろくは少々の苦みがあって好みが分かれそうですが、面白いことは確かです。
今後も色々と新しい味に挑戦していく予定だそう。山本さんいわく「この場所はある種、ラボ(研究所・実験室)のようなものでして。7Lの小さなタンクで色々と実験的なことができますから、いつも『面白いものが作れない?』というムチャ振りからスタートしています(笑)。たまに大ハズレすることもありますが(笑)、そこは調整しながら。来て頂くたびに『こんなのがありますよ』と、新しい味を提供していきたい」とのこと。実際に山本さん、取材時も十八穀米で造ったどぶろくを試飲して、あれこれ醸造担当のスタッフと相談していました。
ちなみに、同店ではどぶろく以外のドリンクも用意しています。日本酒「紀土」が各種70ml500円から飲めるほか、オリジナルのクラフトビール「平和クラフト」が各種280ml700円、梅酒の「鶴梅」が各種100ml600円から楽しめます。
おつまみも頂きました。提供するおつまみは、平和酒造の地元・和歌山の郷土料理がメイン。「金山寺味噌とクリームチーズのクラッカー」「サバ寿司」「山椒のポテトチップス」「ごま豆腐」など。どれもどぶろくとは間違いなく合うものばかりで、しかも価格はほとんどが350~500円なのもうれしいところ。この日は用意されていませんでしたが、和歌山ラーメンなども提供するそうです。
お店はオシャレだし、お酒やおつまみは安いのに手作り感があってどれも美味しい。うん、これは通いたくなっちゃいますね。そして、茅場町の周辺には、このような魅力的なお店が続々と出店しているわけですか。「休日は若い方も多くいらして、人の流れが変わっていることを実感しています」と山本さん。かつての「日本のウォール街」は、いつの間にか文化の発信地に変貌していたんですね……。
筆者が新聞を配っていたころとの違いを寂しく感じるとともに、新たな街の息吹に触れ、胸がすくような希望を感じたのも事実です。その意味で、ノスタルジーと現代カルチャーの混在こそ、この街が獲得した新たな魅力と言えるかも。みなさんもぜひ、その独特の空気感を、どぶろくとともに味わってみてはいかがでしょう。