海外の建築業界では、建物に関するデータを構築・管理するための新しいワークフロー「BIM(Building Information Modelling)」が普及しています。その先進国と言われるシンガポールでは近年BIMを使った先進的なプロジェクトが行われており、世界の関係者から高い注目を集めています。
現在、シンガポール国立研究財団は、仏ダッソー・システムズと共同で「バーチャル・シンガポール」を開発しています。これは同国の国土を3Dモデルで再現するシステムで、完成予定は2018年とまもなく。読者のなかには「Googleマップの3Dマップで十分じゃないの?」と思った方もいらっしゃるかもしれません。実は筆者も「バーチャル・シンガポール」について詳しく調べる前はそう思っていました。が、これはGoogleマップと比較にならないくらい物凄く実用的なものだったのです。
バーチャル・シンガポールではゲームのヘリコプターに乗っているかのように同国の3D世界を移動します。ユーザーは詳しく知りたい場所をクリックすることでデータの取得が可能。ズームインすると建物の高さ、周長、部屋の構造、駐車場、屋上の面積などを見ることができます。
また、その場所に関連した、あらゆるリアルデータ(街中や交通機関に設置されているセンサー、企業や公的機関の設計データ、スマホの位置情報などから収集されるデータ)が場所と紐づけられて表示されます。しかし驚くべきは、リアルデータに基づいた多種多様なシミュレーションを実行することができること。これはかなり興味深いので、その一部をご紹介しましょう。
【ソーラーパネルの発電量】
屋上にソーラーパネルを置いた場合、どれくらいのエネルギーを生み出すのかを模擬実験してくれます。
【日照時間】
新しいビルを建てた場合、影になるエリアの日照時間がどれくらい減るのかシミュレーションします。
【退出シミュレーション】
建物から人が退出する流れを実験的に見ます。ガイドがいる場合といない場合の人の流れを比較できます。
【災害】
洪水やガス漏れなどの災害が起きた場合に、どのエリアがどれくらいの被害を受けるのかシミュレーションすることも可能です。
公的機関や民間企業などがバーチャル・シンガポールを活用することで、都市計画をよりスムーズに実行することができます。例えば、公通機関における混雑。シンガポールでは人口増加により特定の時間帯に公共バスが混雑することが問題となっています。従来ならいくつかのダイヤを組んで実際に試験運行する必要がありました。
しかし、バーチャル・シンガポールのシミュレーションを使うと、輸送効率の良いダイヤをバーチャル・シンガポール上で即時に決定できるようになります。意思決定が段違いに速くなりそうですよね。
効率的な行政運営で知られているシンガポールでも縦割り行政が発生しているそうですが、こんな問題も解決できます。例えば、駅近の公園の再開発をしている部署Aと駅のスロープを担当している部署Bがあるとします。従来の行政では両者の連携が十分に取れておらず、公園の出口が駅のスロープから遠い場所に置かれてしまうようなことがありました。
しかし、両者がバーチャル・シンガポールを共同利用した結果、お互いの計画を共有できるようになり、公園の出口と駅のスロープを連結させた設計ができるようになりました。これは住民にとっても良いことです。
世界各国がシンガポールに続くか
哲人と言われる政治家リー・クアンユーのリーダーシップのもと、長期的で明確なビジョンと徹底的に効率性を追求してきたシンガポール政府。同国は30年以上も前に「行政サービス情報化計画(Civil Service Computerisation Programme)を打ち出しており、ITを行政に活用する取り組みを開始していました。相当に早い段階からITに着目していたのです。
シンガポールはその成功体験から他国政府に対して行政運営ノウハウを輸出していることでも有名です。今回のバーチャル・シンガポールが成功すると、そのノウハウが他国に輸出されるかもしれません。もしかするとバーチャル・インド、バーチャル・ミャンマー、バーチャル・〇〇のような国土を3Dモデル化する流れが世界的に来るかもしれません。