Vol.93-4
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマは、アップル・シリコン。WWDCで発表されたMacの自社設計CPUへの移行―その背景には何がある?
MacはCPUのアーキテクチャをx86系からARM系に変える。本連載で解説したように、アーキテクチャ変更の理由は、x86系よりも消費電力と性能のバランスの面で有利になってきているからだ。
ならば、PC用OSの大半を占めるWindowsはどうなのだろう? 実は、すでに同様の動きは見られている。現在のWindows 10にはARM版があり、x86系アプリのエミュレーション機能も備えているのだ。マイクロソフトの「Surface Pro X」は、Qualcommとマイクロソフトが共同開発したARM系プロセッサ「Microsoft SQ1」を使っている。2週間ほどメインマシンとして使ってみたことがあるが、動作速度の面でも互換性の面でも、意外なほど問題はない。しかも、バッテリーで軽く10時間以上動作し、LTEでの通信機能もある。非常に優秀な「モバイルPC」として、普通におすすめできるものだった。
だが、この方向性を採るモデルがWindowsでも増えるのか……というと、そこまで増えそうな印象は持っていない。理由は「コストとメリットのバランス」だ。Surface Pro Xのような多少特殊なPCは、コストをかけても問題ない。マイクロソフトならば「特別なPC」を作っても、それをフラッグシップとしてアピールできるだろう。だが、他のメーカーの場合、CPU変更のリスクをとってまで消費電力や発熱を抑える理由は少ない。CPU変更を気にして買うユーザーは、いまはまだ少数派だ。設計的にもコスト的にもこなれているインテル系CPU、もしくはAMD系CPUを使った方が、より多くの人に受け入れられやすい製品が作れる。ある意味、Windowsに求められているのは「安定したパフォーマンスとコスト」だからだ。
また、ARMのプロセッサーのすべてが高速なわけではない。PCとスマホではメモリ容量も、ストレージの容量も異なるため、スマホ用のプロセッサーでそのままWindowsを動かしても、動作は遅くなるだけだ。Surface Pro Xに使われている「Microsoft SQ1」も、Macで使われると考えられているApple Silicon用のプロセッサーも、メモリ容量や設計は「PCとしての用途に相応しい量」になっている。教育向けにシェアが増えているChromebook、初期にはスマホと同じARM系プロセッサーを使っていのたが、パフォーマンス不足から、現在はインテルのx86系CPUを使うものが主流になっている。「PC向けに使って快適になる」のは、x86系であろうとARM系であろうと、やはり「PC向けに設計されたプロセッサー」なのだ。そして、Windows向けを考えた場合、PC用に設計されたARM系プロセッサーの選択肢は少ない。だから、Windowsにおいては当面x86系CPUがメインであり続けるだろう。アップルがARMに移行できるのは、CPUを自分で選び、自分で設計できるからに他ならない。
WindowsでもARM系が増えるには、QualcommやサムスンなどがPC向けARM系プロセッサーを多数作るようになってから、ということになるだろう。そうした動きが短期的に強まるとは考えづらい。
もしくはある種の逆転現象として、「インテルがPC向けにARM系プロセッサーを採用」した場合には、一気に状況がひっくり返る可能性はある。まあ、実際問題としてインテルが採用する可能性は低いとは思うのだが、PCにおける「x86包囲網」が広がっていき、インテルの業績への圧迫が見え始めると、また話は変わってくるのかもしれない。
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