最近のVR(仮想現実)デバイスでは、匂いや味、手触りなどの五感をプラスして、より没入感のある体験を実現しようとする技術が次々と登場しています。そんななか、「火災現場で窒息しそうになる苦しさ」まで再現してしまうVRマスクの研究が発表されました。
本研究については「CHI Conference on Human Factors in Computing Systems」(人間とコンピュータとのインターフェースに関する国際会議の会誌)最新号に掲載された論文で説明されています。本稿で詳細を述べる余裕はありませんが、ポイントは、人間の生命活動に深く関わる「呼吸」をインターフェースに加えようとしていること。
このVRマスクは2つの方法で「呼吸」をシミュレートできるようです。まず呼吸をモニターして、それをVRに取り込むというもの。例えば、火の付いたローソクを吹き消したり、仮想ハーモニカを吹いたり、風船を膨らませたり、おもちゃの帆船を息で動かしたり。さまざまな場面に応じて息を吐くという行為を再現できるのです。
こうした日常的なことに加え、「吸う」ことも制御して息苦しさをシミュレートすることが可能。今回の研究では、火災によって部屋の中の酸素が欠乏した状態を物理的に体験できます。
苦しめることが目的ではなく、ユーザーを危険にさらさずに、実際に起こりうる事態に対処するための訓練をすることが狙い。消防士は命がけで炎上中の建物に入って消火活動をすることも多いため、燃えていない場所で仮想の訓練ができるのは悪いアイデアではないでしょう。防災訓練に使用される可能性も考えられます。
「VRの中で窒息できる」とは物騒にも思えますが、さまざまな応用が考えられます。たとえばフライトシミュレーターでは高速での操縦中に、高いG(重力加速度)により肺にかかる負担を感じられるようになるかもしれません。ほかにも、ホラーゲームでも猿ぐつわをされて拘束されたり、ゾンビに首を絞められたりする感覚がリアルに再現できることもあり得そうです。
また、このVRマスクは市販のVRヘッドセットと簡単にペアリングできる模様。つまりMeta Quest 2やHTC Vive、もしかしたらアップルの次期AR/VRヘッドセットと組み合わせて使える可能性があるのです。
わざわざ「苦しい思いをするためのデバイス」を開発するのは常人の発想を超えていますが、そうしたタブーなしの挑戦こそが科学技術を進歩させてきたのかもしれません。
【出典】Markus Tatzgern, Michael Domhardt, Martin Wolf, Michael Cenger, Gerlinde Emsenhuber, Radomir Dinic, Nathalie Gerner, and Arnulf Hartl. 2022. AirRes Mask: A Precise and Robust Virtual Reality Breathing Interface Utilizing Breathing Resistance as Output Modality. In CHI Conference on Human Factors in Computing Systems(CHI ’22). Association for Computing Machinery, New York, NY, USA, Article 274, 1–14. https://doi.org/10.1145/3491102.3502090