最近のIT製品は美しいデザインのモノが増えている。スマートフォンやスマートウォッチ、タブレットなどが金属やガラス素材を多用したり、新しい技術の曲面ディスプレイを採用するなど、IT製品は今やテクノロジーだけではなく、デザイン面でも進化が進んでいる。またデザインハウスとコラボレーションして本体設計を行うケースも見れるようになった。これらのプロダクトは「スマートフォン」という製品の完成形がまず最初にあり、それをどう美しくしていくかという過程を経て最終的なデザインが設計される。
この「モノを作る過程」で生まれるデザインとは逆のアプローチとして、最新デザインの流行や動向をIT製品にどのように取り入れていくか、という動きもここ数年活発化している。インテリアとIT、生活空間とIT、あるいは建築設計とITなど、「デザインとITの融合」をテーマにした試みが広がりを見せている。各国で開かれるデザイン関連のイベントや展示会でも、ITとの調和が一つのトレンドになっているのだ。
人間生活に欠かせない「明かり」、すなわち照明の世界とITをブレンドし、新しいプロダクトデザインのアイディアを生み出す動きの中からも、面白い作品が次々と生まれている。世界でも有数のデザインの祭典と言われる、イタリア・ミラノで開催される「ミラノサローネ」とその関連イベントの中でも、照明とITをテーマにした作品が存在感を表しつつある。しかもこの分野ではうれしいことに日本人デザイナーの活躍も目立っていたのだ。今回は2016年の出展作品から、トレンドや方向性を見てみよう。
素材そのものが製品を構成する「COMPOSITION+」
「木を削り、家具をつくる様に、粘土をこね、器をつくる様に、素材からシンプルに家電をつくる方法はないだろうか?」という発想から生まれた新しい家電のコンセプト作品が、TAKT PROJECTの「COMPOSITION+」だ。COMPOSITION+の各作品はやや大き目の花瓶程度の大きさで、本体は透明な素材で形作られている。この本体にはライトが内蔵されており、室内向けの照明器具として使うことができる。
透明な本体の内部を見てみると、ICなどの電子パーツが浮かぶように埋め込まれている。一見すると不要品のパーツを乱雑に樹脂で封印しただけのようにも見えるが、実はこれらのパーツは全てが結線されており、電気を流せば通電するのである。すなわち内部にあるすべてのパーツは外から見えるデザイン上のアクセントであるだけではなく、照明器具として必要な電子回路になっているのだ。
家電製品は電子パーツは内部に隠されている。また外部は樹脂などのボディーで形成されている。だが「COMPOSITION+」は隠れるべきであるパーツを基盤を使わずに結線し外から見えるようにし、さらに本体は透明な樹脂を利用しシースルーとしているのだ。もちろん各作品はただのオブジェクトではなく、ライトとして利用できる。ワイヤレス充電に対応しており、モーションセンサーにより本体を振ることでオン・オフも可能だ。「どこまでが素材の部分で、どこからが製品であるのか」。つまり素材とプロダクトの境界線をどう定義するか、という試みを作品として仕上げたのである。
チーズフォンデュのアイディアから生まれた「Fondue Light」
暖かみが感じられる黄色い光を放つ照明。Ohata Satsuki(大畑五月)氏が生み出した「Fondue Light」は、光の表情を自由に変えることができるライトである。名前が表すようにチーズフォンデュにインスピレーションを受けた作品であり、チーズの中に浸すフランスパンを好みの味付けで調整するように、室内の明かりを自分の好みに設定できる。
「Fondue Light」はライトのシェード(かさ)となる部分全体を透明な半円球状の素材で作り、その中には黄色に着色されたローションが満たされている。そしてシェードの中央には上部からライトが挿入され、そのライトの位置を上下に動かすことで、光の色合いを自由に調整することができるのだ。ライトを天井から引き下げテーブルの上におけば、シェードの上部だけから光が漏れるのでテーブルランプのような使い方も出来る。ライト部分をモーターなどで上下できるようにし、スマートフォンアプリから操作できれば面白い効果も得られるかもしれない。だが大畑氏は「自分の手を使いシェードの色や温度を体感しながら、自分の感性で色を調整できるところに Fondue Lightの良さがある」と話す。
フィリップスの「hue」のように、スマートフォンから明かりの色を細かくコントロールできるライトもすでに商用化されている。しかし「Fondue Light」はそれとは全く逆の視点から生み出された作品だ。チーズフォンデュの鍋を囲みながらチーズを味わうように、室内の明かりも個人の好みや感性で調整できる、という作品なのである。これからは「利便性」から生み出された新しいIT製品が次々と増えていくだろう。だがその流れが加速化すればするほど、住空間には個々の人間が生み出すアナログ的な感覚が必要とされるのかもしれない。技術の進歩には人間がかかわることが必要であることを「Fondue Light」は教えてくれるのだ。
地球をモチーフにした「EARTH BULB」は様々な表情を持つ電球
Voidsetup()は電球の内部に様々な工夫を埋め込み、そこから発せられる光に多様性を持たせた「EARTH BULB」の作品を複数リリースしている。コンセプトは「光と影」。森や夕日、水中など地球をモチーフにした複数の電球を作品化している。例えば「EARTH BULB | AWA」は電球の中に泡が封印されており、1つ1つの電球から異なる光の表情が発せられる。工業生産品である電球の一つ一つが、個性を持つ電球に変わるわけだ。
そして「EARTH BULB | KOMOREBI」は電球の内部にプログラマブルな基盤が入っており、データを書き込むことで光の点滅パターンなどを自由に設定することができる。電球を外部からコントロールするのではなく、電球から取り外した基盤をPCに接続してライティングデータを設定し、それを再度電球内に組み込むことで電球がセッティングパターンに応じて点灯するのだ。シチュエーション応じたライティングが必要な時や、その日の気分に応じた光を個別にセッティングできるのである。
スマートフォンと連携できる照明器具が出てくるなど、光の分野にもIT化の波が押し寄せている。しかし照明や光はただ単に室内を明るくするためのものでは無く、人間の五感にも直接作用する、生活空間の中を占める重要な構成要素である。IT方面からの照明の進化は、人間の生活をより便利なものにしてくれるだろう。だが「豊かさ」や「満足度」を満たすためには、デザイン面からのアイディアのアプローチも必要となるのではないだろうか。今回紹介した3つの作品には、そんなメッセージが強く現れているのである。