シェイクスピア四大悲劇の一つに数えられる『リア王』が気鋭のイギリス人演出家、フィリップ・ブリーンさんの手によって新たに生まれ変わる。大竹しのぶさんがタイトルロールに臨む本作で、リア王の娘の一人であるコーディリアを演じるのは生田絵梨花さん。かねてより切望していた演出家の下でどのような姿を魅せてくれるのか。開幕を直前に控えた胸中をうかがった。

【生田絵梨花さん撮り下ろし写真】
表面的な言葉だけを信じてしまう、人間の弱さが描かれた戯曲だなと感じました
──まもなく舞台『リア王』が開幕! まずはいまのお気持ちをお聞かせください。
生田 私にとってはこれが初のストレートプレイになるんです。いつかはやってみたいとずっと思っていたので、出演が決まったときからワクワクしていたのですが、その反面、これまでミュージカルしか経験したことがなかったので、セリフだけで物語を紡いでいく舞台に少し不安もあって。その意味でも、今回は私にとって大きなチャレンジになるなと感じています。
──しかも、挑むのがシェイクスピア作品というのも大きいですね。
生田 ほんとに! これもかなりの挑戦です。『リア王』ってきっと多くの方がタイトルを聞いたことがあると思うんです。ただ、実をいうと、私自身はそこまで内容を深くまで知らなかったんですね。けど、だからこそ、今このタイミングで向き合えることに意味があるように思えるんです。
──生田さんは以前、ミュージカルではありますが、同じシェイクスピア作品の『ロミオ&ジュリエット』にも出演されていますね。
生田 はい。『リア王』も『ロミオ&ジュリエット』も共通して悲劇性があり、誤解が生じて運命が狂い出すという点が同じだなと感じました。今回の『リア王』の戯曲を読んだときも、何度も、“あともうほんのちょっとでも誤解が解ければ、別の素敵な人生があったのに!!”って、もどかしくなりましたから(笑)。でも同時に、ものすごく人間の心理を突いている作品だとも感じたんです。
──それはどういったところがでしょう?
生田 今の時代は情報に溢れていて、いろんな意見を自分の中で取捨選択できたり、さまざまな角度から物事を見極めることができますが、『リア王』で描かれている時代においては、噂が独り歩きしてそれがいつしか真実になってしまったり、言伝で自分の耳に入ってきたことを疑うことなく信じてしまったりする。そのことが、やがて人間関係に歪みさえ生んでしまうこともあり、人間ってなんて愚かで弱い生き物なんだろうと感じたんです。でも、こうした人間の弱さって、きっと普遍的なもので。戯曲を読みながら、自分自身はどうだろうとすごく考えさせられました。

──ただ、そうした中で生田さんが演じるコーディリアは自分に真っすぐな生き方をしている女性です。
生田 そうなんです。ひと言でいえば、良くも悪くも、全く嘘がつけない人ですね(苦笑)。二人の姉は王である父親にきれいな言葉を並べて気に入られようとしているのに、コーディリアは『父に送る言葉は何もない』と言ってしまう。でもそれは、いつも愛情を持って父親を敬っているからこそ、普段以上の言葉を口にできないという意味なんですね。ただ、その真意がうまく伝わらず、王を怒らせてしまう。本当に不器用すぎる女性だなと思ってしまいます。
──共感するところはありますか?
生田 さすがに彼女ほど不器用ではないのですが、私もときどき、“もうちょっとうまくしゃべれたらいいのになぁ”って思うことがあるんです。ですから、どこか他人事に思えないときがあります(笑)。
──(笑)。また、今作を演出しているのがフィリップ・ブリーンさん。生田さんとは初めてになりますね。
生田 はい。フィリップさんの演出舞台に出られるというのも、私の中ではとても大きなことでした。というのも、一昨年に(大竹)しのぶさんと『GYPSY』という作品で共演させていただいた際、しのぶさんがとても信頼されている演出家さんだとお話しされていたんです。その時はまだ今回の『リア王』への出演のお話を頂く前でしたので、私もいつかフィリップさんの舞台に出てみたいと思っていて。その夢が叶ったこともすごくうれしかったです。
──リア王を演じる大竹しのぶさんとは、これまでにも何度か共演をされています。
生田 リア王を女性が演じること自体がとても新鮮ですし、どんなふうに演じてくださるのだろうかと、配役をうかがった時から楽しみでした。それに、普段からしのぶさんの舞台をたくさん拝見していますが、演じる人物の一生や半生をお芝居で表現されることが多い印象があり、それが私は大好きなんですね。例えば、20代を演じられているときはとてもフレッシュさに満ちていて、年齢を追うごとに、その人物が生きてきた痕跡や年輪のようなものをリアルに感じさせてくれて。それを今回、稽古や本番を通して間近で見られることにすごく幸せを感じています。

自分の気持ちをサラッと端的に伝えられる人を見ると、すごく憧れます
──生田さんは普段、稽古に臨む際にしっかりと演技プランをイメージしていくほうですか?
生田 台本を何度も読み込み、“こういう意味かな……?”と考えていくようにはしています。ただ、やはり作品全体の世界観や方向性が一番明確に見えているのは演出家さんですから、あくまで漠然と考えるだけで、自分の頭の中だけで答えを出さないようしています。その代わりというわけでもないのですが、稽古期間中は隙あらば演出家さんに質問をします(笑)。
──ディスカッションしながら答えを見つけていく感じなんですね。
生田 そうですね。共演者の方ともそうですが、稽古ではたくさん話し合いたい! って思っちゃいます。
──稽古中に悩むことも多いんですか?
生田 ものすっごく悩みます(笑)。特に今回の『リア王』は言葉が多く、いろんな解釈ができるセリフもたくさんあるので、稽古前から煮詰まってばかりでした。

──シェイクスピア作品は解釈次第でシリアスなセリフが笑える場面になったりしますよね。
生田 そうなんです。“これはどっちの意味で捉えたらいいの!?”というシーンもたくさんあるので、読み解くのに時間がかかりました。ただ、どの舞台でもそうですが、すべてが終わってから振り返ると“楽しかったな”という思い出ばかりが残るんです。ですから、どうやら稽古自体は大好きみたいですね、私(笑)。
──今は本番に向けて、どのようなことを楽しみにされていますか?
生田 すごく個人的なことを言うと、初のストレートプレイですので、ステージでたくさんセリフを話している、今までにない私を楽しんでいただきたいなという思いが強いです。でもそれ以上に、本当に素晴らしい先輩方がたくさんいらっしゃいますから、皆さんと舞台上で対峙しながら自分の中に何が生まれ、どのようなものがにじみ出てくるのか……そこを大事にしながら毎回の本番に臨みたいと思っています。
──また、この『リア王』には“本当の思いを伝える難しさ”がテーマの一つとしてあります。生田さん自身は自分の気持ちを素直に届けられるほうですか?
生田 どちらかというと苦手ですね。でも、節目節目ではしっかりと届けたいと思い、頑張って行動に出ることがあります。それもあって、急に感謝の想いを相手に伝えると、「どうした、どうした!? 何があった?」みたいに思われちゃったりします(笑)。
──(笑)。そういう時は直接、言葉で伝えるんですか?
生田 お手紙を書くこともあります。ただ、すごく時間がかかってしまいますね。まずどんなことを書こうかと、内容を考えるだけで何日も悩んでしまったり。一度書いても、“あ〜、これはちょっと違ったな”って、まるで文豪のように紙をクシャクシャっと丸めて投げ捨てたりもします(笑)。自分の要領がよくないっていうのもあるんですが、気持ちを真っすぐに伝えるって本当に難しくて。サラッと言いたいことを端的に伝えられる人を見ると、“かっこいい!”って憧れます。

舞台『Bunkamura Production 2025/DISCOVER WORLD THEATRE vol.15『リア王』NINAGAWA MEMORIAL』
10月9日(木)~11月3日(月・祝) 東京・THEATER MILANO-Za(東急歌舞伎町タワー6階)
11月8日(土)~11月16日(日) 大阪・SkyシアターMBS
詳細はhttps://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/25_kinglear/
(STAFF&CAST)
作:ウィリアム・シェイクスピア
上演台本・演出:フィリップ・ブリーン
出演:大竹しのぶ、宮沢りえ、成田 凌、生田絵梨花、鈴鹿央士
西尾まり、大場泰正、松田慎也、和田琢磨、井上 尚、吉田久美、比嘉崇貴、青山達三
横田栄司、安藤玉恵、勝村政信、山崎 一ほか
(STORY)
高齢のため退位を決めたブリテンのリア王。しかし、言葉巧みな長女と次女に裏切られ、荒野を彷徨うこととなり、やがて狂気に取り憑かれる。そんな父を助けようと、勘当された三女コーディリアは奔走するが……。
撮影/干川 修 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/富永智子 スタイリスト/有本祐輔 衣装協力/VICTORIA BECKHAM、CHARLES & KEITH 、TEN.